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第2話 調査記録:新宿花域

カイ、一度目の調査はここまでだ。離脱するぞ」

「もういいの?」

「銃身に花びらが詰った」

「だから服の中に入れとけって言ったのに」

「銃はそもそも、私のガラじゃない」


 肩を竦めつつ言う相棒に苦笑しながら、私も拒否せずに通ってきた道を戻り始める。

 来た道なんかは、当然もうない。

 花びらで埋まっていて、最早どっちの方向から来たのやら。

 狂った方向感覚を助けてくれるのは、ボロボロになっている建物だ。


 元々は電気屋だったり、飲食店だったり、ゲームショップだったりしたはずの建物。

 最早まともな形をしているものの方が少ないし、原型を保ってるのは看板くらいだ。

 けれど、同じものはふたつとあるわけじゃないから、それを目安に歩く。

 それしか、この〝新宿〟で目印になるものがないからだ。


 そんな道を、踏んで、固めて、作っていく。道なき道を行くのは嫌いじゃない。

 前人未到の地、処女雪、言い方は色々あるけれど、花びらの道を作るのもまた悪くないと思う。

 どうせ私たちはこれからあの樹を目指す事になる。

 任務を知っているのは仲間だけだし、協力者だってろくに居やしない。

 けど、行かなければいけない。


 このまま放置していれば、そのうちあの樹の根は日本中を侵食し始めるだろう。

 今はまだ、黙示樹も準備段階なだけだ。

 そのうち日本の大地は黙示樹に養分を奪われて作物が育たなくなると、どっかの学者が言っていた。

 そうなれば、土から栄養を獲ている木々やミミズや、そういったものがまず死んでいく。


 土が死に、木々が喪われれば山は禿山になってただの雨が凶器になる。

 土砂崩れ、水害……ダムだって作れなくなるんだろう。

 水が無くなればどうなるか。

 そんなのは、想像しなくったって分かる……水は生活どころか、生命に直結するものだ。


 人間の身体の最も多くを占めるもの。すべての生命が、必ず必要とするもの。

 そうなる前に何とかしなければいけない。政府も軍隊も役に立たないのだから──他の人間が。

 なんとなく、背負っているザックの中にある水のことを思う。

 ちょっと喉が渇いた気がしたが、相棒が軽く腰を引いたので私も足を止めた。


「廻」

「うん」

「お客さんだ」


 ぽいっ、と相棒が使い物にならない銃を私の方に投げて、腰を屈める。

 「あぶねぇなぁ」なんて言いつつも私は相棒から少し距離をとって、両足を肩幅に広げながら上を見た。

 宙を舞う花びらに時折チラつく不自然な影は、上空に何かが居る証拠だ。

 だが今は花びらでよく見えない。

 まだ、花びらよりも上に居るんだろう。


 降りてくるのを待つしかない。

 上向きでは銃も威力を相殺されてしまうだろうから、あまり意味もないからだ。

 私は肩をひょいと一度だけ上に上げると、


「任せるよ」

「任された」


 相棒はうん、とあっさりと頷いてゴーグルの位置を直す。

 それから、腰に下げていた鞘から刀を引き抜いて脇の建物に向けて走り出した。

 そのまま速度を落とさずに壁を蹴り、驚くほどの脚力で垂直に駆け上がる。

 壁が、相棒の踏み込んだ足の重みでひび割れた。

 勢いを殺さず、窓から窓へと高く高く跳躍し、相棒はあっという間に建物の屋上。


 そこから標的まで跳ぶ相棒の姿は、あっという間に花びらの中に見えなくなっていった。

 相棒の行く手を阻む花びらは、ゴーグルされしていれば目に入る事はない。

 私もゴーグルを掛け直すと、しめていたコートの前のチャックを開く。

 コートの裏側には、使い慣れている愛銃を守るように下げられていた。

 こうしていれば相棒みたいに出しっぱなしにして花びらが詰まることもないし、銃身をあたためる必要もない。


 私は、一番手に馴染んでいる銃を手に取ると、いつでも射撃できるようにセーフティを解除した。

 上を見ると、花びらの合間を時々相棒の刀が反射していると思われる、ほんの僅かな陽光が輝く。

 地上よりも、やはり上のほうが僅かでも光があるんだ。

 じゃなきゃ真っ暗なんだから、当然なのだけど。


 何が居るのかは、ここからじゃ分からない。

 今の状況だと、飛行能力を持つ眼球の小さなタイプか……それか、眼球ではなく音や温度や何かで生物を感知するタイプ、としか流石にわかんないな。

 相棒が結構跳んでるみたいだから、飛行能力はありそうだ。


 私たちは、あぁいう黙示樹の花びらから出現するそれらを総じて【悪魔】と呼んでいた。

 理由なんかは何もない。

 ただ、化け物と呼ぶにも妖怪と呼ぶにも何かが間違っているような気がしたから、ってだけ。


 【悪魔】。

 随分と古臭くて、なんだか少し滑稽だけれど、そうとしか呼べない異形の生物たち。

 勿論ゲームみたいに種類や名前なんかが定義されているわけじゃない。

 けど、私たちが確認しているだけでも、100近いパターンの個体が存在する。

 実際には多分、もっともっと種類は居るだろう、とは言われている。

 でも、同種を何度も見る機会というものも少ないせいで、結局みんな【悪魔】と呼ばれていた。


 個体名なんかは、多分存在しない。

 地上・地中・空中という巨大な三分類の中の最もポピュラーな分類があるのが精々だ。

 飛行するタイプだろう今上に居るあいつは、目は小さいか、存在しないか。

 違いがあるとすれば、その2種類しかない。

 まぁ、相棒を前にしたらどっちのタイプでもほぼ関係ないんだけど。


 根拠は、花びらの中を飛ぶには「目に花びらが入らないような個体だろうから」というだけ。

 人間相手には出来ない短絡的なプロファイリングだが、間違っている事は少ない。

 ハッキリそう言い切れるのは、悪魔たちを調べて記録してきたのが〝私たち〟だからだ。

 まー勿論好きでやってきたわけじゃないけど、だからこそ悪魔に遭遇しても慌てずにいられる。


 つまりそれだけ、単純な存在なのだ。

 単純に、力と生存に特化している。

 別の言い方をすれば、殺戮と捕食に、かも。


 そんな事を考えていると、唐突に風が渦巻いた。

 その中心──花びらの渦巻いている中に向けて、無言で銃を発砲する。

 と、まるで自分から銃弾に当たりに来るように落下してくるように、濃いグレーのような黒いような鱗の生物が咆哮した。

 私の頭上で咆哮したソイツは、地上にいた私の頭を喰らおうとそのデカい口を開く。


 が、あまりにも分かりやすい動きだったお陰で、回避をするのも簡単だ。

 足元は柔らかいが、花びらを撒き散らすことに躊躇しなければ動けないわけじゃない。

 鱗の生物は食らいつこうとした私が回避をしたせいでか、そのまま地面に叩きつけられる。

 ぐしゃ、という音が生々しくて、なんとなく「あー」って声が出てしまう。


 が、のたうち回っている頭部に向けて数発、発砲する。

 自滅している間に追撃するのは定石だ。

 苦痛でジタバタと地面を転がる鱗の悪魔の長い尾を回避して、更にもう数発。

 巨大な生物を相手に外すことのない銃弾は、連続で鱗を破って肉に食らい付く。

 最初は怒りの絶叫をあげながらジタバタともがいていた悪魔は、やがて長い細い悲鳴の後に沈黙し、動かなくなった。


「ワイバーンタイプか」

「みたいだな。でも鱗はそう堅くなかった」

「孵化したてか……脱皮したて、って所だな」


 建物の上から飛び降りた相棒が、鞘に巻いた布で刀の血を無造作に拭った。

 悪魔の血は、赤い。人間と変わらない、真っ赤な血だ。

 こんな風貌でも、悪魔どもにだって血が流れている。

 どうせこのまま放っておけば花びらに包まれて、どこをどうしてかまるで樹の養分にでもなってしまうかのように消滅するだけだというのに。


 血液も養分なのだとしたら、この中で怪我をするのも、なんか嫌だけども。


「見ろよ、また降って来た」


 言って、相棒がゴーグルを上げて空に向けて指を向ける。

 私も上を見ると、そこには小さな白い花びらの中をひとひら、色のある何かが落ちてきていた。

 真っ赤な、巨大な花びら。

 あの樹からほんの時々降って来る、悪魔の生まれる前兆とも言われている花弁だ。


 また、悪魔が生まれる。


 分かりたくもないのに分かってしまうそれに、私は首を振りながら下を向いた。

 相棒も、またゴーグルを掛けなおして刀を鞘に戻して、歩き出す。

 血を流し死んでいた悪魔は、気付けばもう花びらに埋まって真っ白な山になっていた。

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