「……
最初に口を開いたのは、意外にも1人こちらを見据えていた、雰囲気の違う女子だった。
彼女には、パッと見で目を引く特徴がなかった。
委員長は明るいウェーブの髪、眼鏡の子はそれで分かる。
でも彼女は、制服も、おさげにしている髪も、飾り気が一切ない──それが逆に、浮いて見えた。
「こっちは、
「みんな同じ学校って事かな?」
「そうよ……早生まれはいない。みんな17」
眞田梓は、それから一人ひとりの名前を私に教えてくれた。
リーダー格の男が、
意外にも同い年だった小さい少年は
眼鏡の女子は、
全員、梓に名前を呼ばれると一瞬ぎょっとした顔で彼女を見た。
梓はその視線を一切気にしていないようだが、その様子だけで彼女は私の相棒と同じタイプなんだろうとわかる。
本当は視野が広いのに、無言でいるからそうは思われないタイプの子。
女子には珍しいタイプなんじゃないだろうか。
「さっきの……あの、彼は?」
「……
「こっ」
婚約者っ!?
思わず叫びそうになったけれど、大人の冷静さで必死に言葉を飲み込む。
当の委員長こと一条可奈子はさっきから血塗れの手を見つめるばかりだ。その様子だけで、彼女が婚約者の事を憎からず思っていたことがわかる。
個人的には、あの小太りくんと、俯いている状態でもバチバチに美少女だとわかる一条可奈子は、結構ミスマッチなカップルだな、とか思ってしまうんだけども。
まぁそれは、口には出さない。
死者を冒涜して得することなんか、何一つありゃしないのだ。
「……そっか……気の毒だったな」
「……こっちの名前は言ったわ。アンタは、誰なの?」
梓の問いと共に、彼女の背後に居た真壁が私をチラリと伺った。
段々と呼吸が整ってきた真壁もまた、いきなり出現した私の事が気にかかっていたんだろう。
私は一先ず、立ったままだった梓と真壁を座るように促して、自分も階段に腰を下ろす。
「私は
「……名字は?」
「本名じゃないからな。コードネームだと思ってくれ」
「……怪しすぎるだろ」
そんな事言われてもなー、なんておちゃらけてみるが、高校生たちの視線は私に突き刺さる。
怪しいのは承知だが、明らかに一般人な学生たちに私たちの身分を明かすわけにはいかない。
それは勿論私たちのミッションが極秘のものであるから……というのもあるが、何より彼らのためだ。
私たちの事を知られれば、彼らも「一般人の学生」ではいられなくなる可能性がある。
あくまでも可能性の話だが、私たちにとっては現実の話だ。
彼らが何も知らない時に、なし崩し的に巻き込むのは、本意じゃない。
「ま、少なくとも君らとは違ってちゃんとした機関から依頼されてるんだ。だから言えない。ごめんね」
先回りして謝れば、学生たちも口を閉じるしかなかったようだ。
多分、「君らとは違って」、なんて意地悪く言った言葉も、効いてるんだろう。
この“新宿”周辺の学校では、黙示樹をテーマにディベートをする授業があるらしい。
「どうして生まれたのか」「どう倒せばいいか」──その考察を政府に提出するんだと。
学生なんてものを経験したことのない私にとっては、ただ机を挟んで話しているだけで、なんの役に立つんだ? と思わないでもない。
でもそういう、現場では思いつかない柔軟な発想が必要な事もあるんだ、と、上司は言っていた。
「じゃあ、さっきのゴーグルの人は……」
「シッ、待って」
梓たちは納得していないようだったが、私はそれ以上の質問を手を上げて封じた。
私のその反応に、学生たちもハッとして己の口に手を当てる。
ズル......ズル......
何かを引きずる音が、外から聞こえてきている。
大きな、それも肉袋みたいな水分を含んだものをひきずっている音だ。
花びらの舞う〝新宿〟の中で、こんなにもハッキリとした音がしてくるのは珍しい。
私は咄嗟に内ポケットに入れていた脇差しを梓に押し付けると、自分はハンドガンを持って立ち上がった。
学生たちを戦わせるわけにはいかないが、最低限の護身は必要だ。
本当は銃を持たせたかったが、いきなり「これを使え」なんて言っても無理な話だろう。
教えている時間もない。
つまり、この音の源が【悪魔】であったなら──私が戦うしかない。
【悪魔】と戦うのに抵抗はないけど、山村の死で動揺している子供に見せたくはないなぁ。
なんて思っても、戦わないといけない時には、戦うべきなんだけど。
私は、壁に身を隠しながらセーフティを解除すると外の気配を伺った。
やっぱり、音はしない。
花びらのせいなのか、それとも元々音を出さないヤツなのか……
後者なら、面倒だ。相棒が居ない状況じゃあ、どうやったって音が出てしまう。
さて、どうする──?
「ここか」
「おわーーー!!!!」
しかし、そんな私の覚悟は鉄製のドアがバーンと開かれた時に弾け跳んで行ってしまった。
ドアを蹴飛ばして入ってきたのは、相棒だ。それだけなら、「良かった」ですむ話。
なの、だけど。問題は、相棒が抱えているどデカい死体、だ。
そのデカさと存在感に高校生たちもざわつき、私もぽかんと口を開いたまま動く事が出来ない。
相棒が抱えているのは、多分ワイバーン型の【悪魔】だろう。
首に深い切り傷を受けている【悪魔】は、確実に絶命している、のに、なんでそんなモン持ってきたんだろうか。
「おい……
「食うために決まってるだろうが」
「食べる!?」
「食べる?!」
私が思わず悲鳴のような声を上げるのと同時に、高校生たちも驚愕の声を上げる。
相棒はきょとんとしているが、その言葉にどれだけ威力があるか、わかってないんだろうか。
顔面に、一気にぶわっと生ぬるい汗が浮かんでくる。
これから現実世界に戻そうっていう学生たちに、なんてモンを見せてくれてんだコイツは?
「待て、落ち着け……お前は何を言っているんだ」
「仕方がないだろう。急いで中に入って、昼飯を持ってき忘れた」
「だからって悪魔食う事なくない?!」
「このサイズなら全員に肉が行き渡るぞ」
「あ! 一応全員の事考えてくれてんだ!?」
ありがとね! 反射で礼を言えば、相棒は満足げに頷いた。
当然だ、みたいな顔してんじゃねぇぞ馬鹿野郎。
お前は、悪魔に慣れてる私等はともかく一般の高校生に悪魔食わそうと思いながら戦ってたんか馬鹿馬鹿。
ちょっと頭痛がしてきて、私は頭を抱えて唸った。
「火をおこそう。この辺の悪魔は、匂いには反応しないはずだ」
しれっと言いながら死体と共に入ってくる相棒に呆然としながら、私は一先ず高校生たちを振り返った。
相棒が来てくれたら、もう安全だ。
【悪魔】が近くに来ようが囲まれようが、そんなのは問題じゃない。
だが今はそれより……
「……アイツね。迅っていうの」
「あ、はい……」
呆然としている高校生たちの返答は、その一言だけだった。