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第8話 銃をあたためる時、スープはまだあたためない

 ──5月16日 朝


 日が昇ってから、私たちは活動を開始した。

 ──とはいえ黙示樹のせいで、〝新宿〟には快晴なんてものはない。

 今日の寒さは昨日ほどじゃないが、学生たちはこの装備じゃ、次の夜は越えられないかもしれない。

 学生たちが寝静まってから迅がそう言い、私もそれに頷いた。


 学生たちは最低限の寒さ対策はしていたが、それはあくまで「夏場用」だ。

 私たちのギチギチの防寒装備を見て驚いていたし、夜間の冷え込みで、それが大げさじゃないと悟っただろう。

 幸い、昨夜泊まった地下室は密閉状態を作れる倉庫のような場所だった。

 ドアを締め切ることはできなかったけど、火からあまり離れなければ「肌寒い」程度で済んだはずだ。


「流石に、昨日みたいに私たちの装備を貸すわけにもいかないしね」

「……そんなに、何日もかかるんですか」

「悪魔に喰われて平気なら走ってけば半日くらいですむんじゃない?」

「探し物がないならな」


 学生たちの防寒具が必要だ、と言った私に噛みついたのは、光輝だった。

 何を焦っているのか、遠くの空が明るくなっているのに気付いてすぐ、彼は動き出そうとしたのだ。

 けど、この〝新宿〟で足元が暗いまま動くのは自殺行為。


 残っていたワイバーンの肉を薄くスライスして、熱したパンとチーズの上に乗せたものを渡しつつ言えば、光輝は歯がゆそうな顔をする。

 自分で言うのもなんだけど、このワイバーンサンドはなかなか美味しいと思う。

 チーズは2人で5日間活動するためにそこそこの大きさのものを持ってきてあったのに、もう使い切ってしまいそうだ。

 それでも、若者の朝食は大事。

 チーズをみょーんと伸ばしながらハフハフと食べている女子たちを見て、思わず笑顔が浮かぶ。


 パンは昨日よりじっくり炙れたし、最初に擦り付けたチーズの塩味がいいアクセントになっている。

 肉とパンだけだった昨日より、味にちゃんと変化があるはずだ。

 肉も、今日は表面カリカリ。

 自分の夜番の間に残っていた肉にじっくり塩と胡椒を擦り込んでおいたから、焼け具合も上々。

 パチパチと、火に脂の落ちる音と匂いで起こされた学生たちは、この肉の甘さとカリカリぶりもわかってるはず。


 こんな終末の街で食べるものじゃないくらい、ワイバーンサンドは美味い。

 ワニ肉と似ているだけにちょっとぷにぷにした肉質だったワイバーン。

 だがちょっと時間をかけて炙るとまさか、こんなに旨くなるとは……。想定外だ。

 ワイバーン種の【悪魔】は、実のところ〝新宿〟ではよく出没する類の【悪魔】でもある。

 外見こそ違いはあれど、同じタイプならもしかして肉質も同じなのか……?

 もしそうなら、今後の食生活はちょっとだけ安心出来るものかもしれない。

 【悪魔】食が前提の調査なんて初めてだが、まぁ安心感はあるに越したことはないだろう。

 寄生虫っぽい【悪魔】も、今のところは確認されていない。……多分、大丈夫。

 ……多分、うん。


 本当はスープも作りたかったけれど、それは食料が無くなった後の虎の子だ。

 温かいスープがあれば、案外人間がなんとかなるのを、私は知っている。

 だから、スープや水分をあたためるのは最後の手段だ。

 そこまで追い詰められないでいられれば、それに越したことはないけども。


「一先ずは、君たちの防寒具探し。それから、できれば武器が欲しいね」

「ぶ、武器?」


 武器、と聞いて学生たちが戸惑いの表情をしてお互いの顔を見合わせる。

 まぁ彼らにとっては、武器といえば灯の持っている木刀程度が精々だったんだろう。

 それでもこの〝新宿〟では、木刀じゃあ護身用にすらならない。


「当面は1人1つ、私達の予備武器から身を守れる程度のものを貸す。けど、私達も自分用で持ってきてるからさぁ、できれば自分の分は自分で確保してもらいたいんだよね」

「探せばあるのか?」

「あるよー。前に樹を倒そうとしてた人たちの、置いてった物とかね。……多分、持ち主はもう戻ってこないだろうしね」


 質問した誠士郎にとっても、それは何気ない一言だったんだろう。

 でも、「持ち主の無い残された武器」と聞いて、どんなものかを察して黙り込んでしまう。

 私は、そんな誠士郎の拳がぎゅっと力強く握り込まれたのを、見逃さなかったけど。


「でもな──俺たちは、お守り役じゃない。自分の命は、自分で守れ」


 迅もキッパリ言うと、誠士郎と梓の顔が引き締まった。

 やっぱり覚悟がキマってる子は強いものだ。

 その頼もしさに、思わず笑顔が浮かんでしまう。


「それから、各自の分の水分と食料。肉はワイバーンのが美味しかったけど、ずーっと肉ってわけにもいかないしね」

「食えればなんでもいい」

「若い子にそういうワケにもいかねーだろ!」


 ワイバーンサンドの最後の一欠片を口に放り込む迅の足を、鉄板の入ったブーツで思い切り踏んでやる。

 思わぬ鈍い音だったのか、高校生たちがビクッとする。

 ……やりすぎたかも。まぁいいか、迅だし。


 誤魔化すように私もパッパッとワイバーンサンドを食べてから、手持ちの武器から予備のものを引っ張り出して、吟味する。

 この中で貸し出せるとしたら──まずは、迅の持っているハンドガンが二丁。

 それから、私もハンドガンと護身用の脇差しくらいだろうか。


「俺のは両方使っていい」

「わぁ……一個大きいんですねぇ」

「本物だわ……」


 迅の持っていた二丁の銃を置くと、その大きさに光輝と梓が息を呑んだ。

 迅の銃はマグナムとオートマが一丁ずつだ。並ぶと、その大きさの差にびっくりしたんだろう。


「二丁とも出すとお前、刀だけになるけど?」

「問題ない」

「んー、それならハンドガン三丁と……脇差が一振りか。これじゃちょっと足りないかなぁ……」

「……私はこの木刀がいい」


 何かあったかと、私と迅がジャケットを脱いでその上にポイポイと武器を置くと、高校生たちは物珍しげに眺めていた。

 しかし灯は木刀の入っているケースを抱き締めていたので、それはそれで良しとした。

 学生は5人で余っている武器は4つ。

 本人がそれでいいと言うのなら、全員分がきちんと確保出来るまではそれで我慢をしてもらおう。


 それから、私はハンドガンと脇差を4人に分配した。

 マグナム弾の入っている重いやつは、一番力のありそうな誠士郎に。

 オートマのものは可奈子と光輝に持たせた。

 唯一の脇差しは、本人の希望で梓に渡してやる。


 普通、彼らのような初心者は遠距離から攻撃出来る武器を求めるものだ。

 その中で梓みたいに自分から近距離武器を選ぶのは、珍しい。

 やっぱりこの子、結構肝が座ってるタイプだ。


「あれ? これってもしかして弾入ってません?」

「よく気付いたね、光輝くん。これからちょっと撃ち方を練習して、それから装填の方法も教えるよ。間違って音が出たら困るから、今は抜いてるんだ」

「な、なるほどですっ」


 弾は入っていないという事実に、ちょっと安心した顔になる光輝と可奈子。

 彼らの反応を見て、昔は私も手榴弾にビビってた事もあったっけと、なんだか懐かしくなってしまった。


「迅は、リボルバーと刀の方見てあげて」

「あぁ」


 オートマ武器を持っている2人──可奈子と光輝──と地下に移動して、私は2人にセーフティ解除の方法と撃ち方を教えてやった。

 可奈子と光輝みたいな力がなさそうな子は、実際の銃の重さに慣れる所からだ。

 しかし、実弾じゃなく空撃ちでしか練習出来ないのは悩みものだ。

 反動に慣れておかないと、本番で肩が外れたら危ない。


「あれ、この手の所……何か紋章みたいなの入ってます?」

「ん? あぁ、グリップね。そうだよ、私と迅が所属してる所のだね」

「本当だわ。真っ黒だから触るまで気付かなかった……」

「コレだよ。腕についてるのと同じ」


 一先ず重さに馴染もうとしている2人が、不意にグリップを触りながら首を傾げる。

 そういえば、グリップに直接刻み込むようにしているから、直接触りでもしないと気付かなかっただろう。


 実際気になってはいるが見えない、と言った具合に、可奈子も光輝も銃を斜めにしたり上から覗いたり一生懸命だ。

 2人を見て思わず笑ってしまいつつ、私は脱いだままだったジャケットの袖についているワッペンを2人に見せる。


「えぇと……S、I、G、N……?」

虚無調査Special Inspection特務部隊Group of Null。通称〝S.I.G.N.サイン〟。超常災害専門の調査チーム、ってとこかな」

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