『しゃんとしなさい。後妻の娘と、所詮商家の娘と侮られてはおしまいなのよ!』
『貴女の方が優秀なのは、誰の目から見ても明らかなんだから! 期待されているのは貴女の方なのよ!』
『その程度で満足しないで、もっと努力しなさい! あんな女の娘に負けてはダメよ!』
小さい頃から、そんな言葉をずっと母親に言い聞かされてきた。クラウンディール侯爵の前妻であり現王の妹でもあるお姉さまの実母が亡くなった後で、後妻としてこの家に嫁いできて……事あるごとに淑女の手本と言われていた彼女と比較されて。裕福な商家の一人娘として甘やかされ大事にされてきたお母様にとって、自分よりも優れていた存在と常に比べられてしまうのはストレスだったのだろう。
それでもお姉さまは、お母様の目を盗んで私を気にしてくれていた。ささやかな贈り物をくれたり、お手紙をくれたり。互いの侍女を介してのやりとりが中心だったけど、それでも嬉しかった。それだけが、日々の心の支えだった。
『……シャルロット、シャルロット』
『お義母さまが帰ってきたみたいで貴女を探していたわ。行ってあげて』
そんな中、ふとしたタイミングでもう一度直接話す機会が訪れた。お父様とお母様が揃って王宮へ行っている日で……中庭の薔薇園の中にいた私に、お姉さまが声を掛けてくれたのだ。
『分かりました』
確かその時は、それだけ返事してから向かったんだったと思う。本当は飛び上がりたいくらい嬉しかったけど、もっと話したかったけど、母を待たせて怒らせてはいけないから。
以来、空いた時間は薔薇園に行くようにした。もしかしたら、また話せるかもしれない……そんな希望を抱いて、本を読みながら来るか分からない待ち人を待っていた。
『シャルロットはとても頑張っていると思うわよ。この前のテストも満点だったのでしょう? 十回も連続で満点なんて、なかなか出来る事ではないもの』
『私の事そう呼んでくれるの? そんな、嫌な訳ないじゃない……嬉しいに決まっているわ!』
何だかんだお姉さまも私も忙しくしていたから、会えたのは三回か四回に一回くらいだった。それでも、色んな話をしたり一緒に焼き菓子を食べたりして、心温まる時間を過ごした。辛くても、こうやって気に掛けて笑いかけてくれる人がいるなら大丈夫だって、そんな事を考えていた。
『何をしているの!? この女には近づくなと、あれ程言ったじゃない!』
けれど、幸せな時間は長く続かなかった。見つからないよう細心の注意を払っていたのだけど、初めて自分の意見を元に仕立ててもらったドレスが嬉しくて、お姉さまに見てほしくて、屋敷内の廊下を歩いていたお姉さまに声をかけてしまったのだ。一瞬だけお姉さまは戸惑っていたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔になって、素敵なドレスだ、よく似合っていると褒めてくれて頭を撫でてくれた。そんな瞬間を、見つけられたのだ。
『お前が私の娘を誑かしたのね! この子に近寄るんじゃないわよ!』
目の前で、母の平手がお姉さまを襲った。あの時よりももう少し高い、ばしん、ばしんという嫌な音が響き渡る。お姉さまの頬が腫れ上がっても止めないで、このままではお姉さまが死んでしまうと思って恐ろしくて、再び母の腕に縋って止めようとした。
『やめて、ちがうの。私から話しかけたの、お姉さまは何も悪くないの』
『あっ……姉と呼ばせるなんて、烏滸がましいにも程がある! 王族出身の母親を持つからって調子に乗らないで!』
『おかあさま、やめて、やめて……!!』
それ以来、薔薇園には行かなくなった。私のせいで無実のお姉さまが罰を受けるなんて理不尽があってはならない、お姉さまをまたあんな暴力に晒すくらいならば、私の方から離れればいい……それしか、お姉さまを守る方法が浮かばなかった。
(……そう考えると、私はあの時から成長していないのね)
そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、一気に意識が浮上した。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。相変わらず代わり映えしない天井を見つめながら、よいしょっと体を起こす。持ち込む事を許された本が数冊あるので、それらの本を読み返すか……そう考えて、机に座って本を手に取った、その瞬間。
「シャルロット!? どこにいるの!?」
ここにいる筈のない人の声が、私の名前を呼んだ。手から滑り落ちていった本が、床に落ちてごとんと音を立てる。
「お待ち下さい! 許可もなく勝手に入ってはなりません!」
「勝手なのはそちらの方でしょう!? あの王子の発言だけで、物理的証拠もないのに共犯だ実行犯だと断じて、こんな場所にあの子を閉じ込めるなんて!」
「貴女には何の関係もないでしょう! これ以上勝手な事をすると貴女も罪に問われますよ!」
「罪で脅して言う事を聞かせようなんて、法治国家にあるまじき言動だわ! そもそも、関係なら大ありよ! 私は、あの子の姉なんだから!」
恋しかった声が、近づいてくる。足音が前よりも軽いのは、重いドレスに慣れたからだろうか。以前は、豪奢なドレスに慣れていなくてよく躓いていたのに。
「シャルロット!」
ずっと閉ざされていたドアが、勢いよく開いた。凛として真っすぐなアメジストが私に向けられて、チョコレートブラウンの髪が揺れている。
数か月ぶりに見たお姉さまの姿は、後光が差しているかのように美しかった。