さる「──さて、では次に話しておかねばならんのが、この図書館にある“本”についてじゃ」
すると、莉子が挙手して話し始める。
りこ「はい、しつもーん。私、今弟を一人家に置いてここにきたんだけどー、いつ帰れるの?」
至って当然の質問だ。
誰もが考えないようにして、あえて触れていなかった事だが、頭の隅にはその疑問はあった。
現実の世界へと帰る方法や元の世界ではどうなっているのか。
さる「莉子様、この図書館はのぉ、元の世界とは時間の流れがまるっきり異なる場所なのじゃ、簡単に言えばここにいくら居たとしても、元の世界に戻った時の時間軸はお主らが空き地でこの図書館を見つけた時からほぼ動いとらん」
りこ「んー、よくわかんないけど、元の世界は止まってるってことね。……わかったわ、ありがとうさる。みんなもさるの説明を遮ってごめんね」
れいの頭は冷静だった。
れい(あれ?答えになってないよ…莉子さん…)
帰る方法については…流された?
さるはそのまま流れるように円卓の上に、数冊の本を積む。
どれも装丁は異なっていて、まるで別々の時代や国から集められたような雰囲気を纏っていた。
さる「ここにある本はな、大きく分けて“二種類”ある」
僕たちの視線が自然とその手元へと集まる。
さる「ひとつは名を《序文書(じょぶんしょ)》と言う──この館内にある書物のほとんどはこの序文書じゃ、これは、比較的完結の難易度が低い物語じゃ」
ふむ、と頷きながら、さるは一冊の古ぼけた本を掲げた。
さる「そしてもうひとつは《主篇書(しゅへんしょ)》じゃ──この書物は元々の数が少なく、完結の難易度も序文書より難しいものじゃ。ただし、完結する事が出来たならば、お主たちの求める"特別な力"を授かる事ができる可能性があるのじゃ。あとのぉ、見つけたとしても、今のお主らではまだ読むことができん」
どうご「おい!さる!じゃあどうすればそのしゅ…なんたらを読むことができんだよ」
さるは首を振りながらため息混じりに話し出す。
さる「はぁ…道後様よ、まだ説明の途中なんじゃがのぉ…。まぁ…よい。主篇書にはのぉ、読む為の条件があるんじゃよ」
どうご「条件だぁ?」
さる「うむ。先程、序文書と主篇書の説明をしたじゃろ、みなは思ったはずじゃ、主篇書を完結すると"特別な力"を授かる可能性があるのなら、序文書は何のためにあるのかをのぉ」
どうご「回りくどいんだよ!そのじょ…なんたらはなんなんだよ!」
さる「うむ。まぁ落ち着くがよい…。道後様の為に、わかりやすく言うとじゃな、序文書を完結する事で主篇書への道が拓かれるのじゃ」
どうご「……チッ!」
───この説明を聞いてから
なんだか心のどこかがざわつく。
れい(──僕たちはこれから何をしていくんだろう…)
さる「──とはいえ、いきなりこの膨大な書架から何を読めばいいやらわからんじゃろ。まずはこれを読んで、物語というものに慣れてもらおうかの」
さるが円卓に置かれてある複数の本から一冊を手に取る。
表紙には金の箔押しで、こう記されていた。
《序文書:狼と七匹の子山羊》
りょう「っ!!!…。」
凌がすごい勢いで立ち上がり、その本を見ていた。
すると、れいのエモーションサイトも凌の変化を捉えていた。
先程見た、一部の深くて暗い色が凌の体全体を大きく纏っていた。
りょう「……いや…っ。…何でもない…」
凌は冷静に座るが、本を見る前と明らかに様子が違う。
ゆきと「……。」
れい(──凌くん、どうしちゃったんだろう…)
どうご「おいおい、狼が怖いんじゃねぇだろうな?」
道後はそう言って凌を鼻で笑っている。
幸人が重い空気を切るように、さるに問いかけた。
ゆきと「……これって、あの、童話の……?」
さる「ふむ、元の形を知っているととっつきやすいかもしれんの。ただし──これは"ただのお伽噺”ではないぞ。“本の中”の住人は、物語として存在しとる」
りこ「でも……これってさ、どうすれば“完結”ってわかるの?」
さる「……それは実際に入ってみて、お主らで考えて答えを導き出すんじゃ。すまんが、わしはリライターではないからそこら辺は物語に入った者にしかわからんのじゃ。ただ、物語が進むべき結末へと導くんじゃ」
僕たちは顔を見合わせた。
……童話の“狼と七匹の子山羊”。
でも、それはきっと──読んだことのあるだけの“お話”じゃない事。
“現実”として、僕たちがその中に入ることになる。
さる「まぁ百聞は一見にしかずじゃ。まずはやってみるがよい。この本は七人全員で入ることができるからのぉ」
おとは「やってみるがよいって簡単に言わないでくださる?完結できないとどうなるのよ」
音羽からの質問に、もごもごと口を濁しているさるに幸人が質問した。
ゆきと「これは誰が完結しても、みんなここに帰れるんだろうな」
さるは更に困った顔になり、
さる「……物語の中で命を落とした者は、この世界でも、元の世界にも帰ってくることは叶わん、ただし完結した時に、生存しておるものはここに帰るのは当然じゃ」
ゆきと「………わかった」
ゆきとの色が更に冷たくなっていく。
さる「さて、他に質問しておきたい事がある者はおるかの」
さるはそう言いながら本を開き、その最終ページにまで一度だけ目を通した。
さる「お主ら、貸出カードをこの本の裏のポケットに差し込むがよい。物語が、お主らを迎えにくるぞい──」
道後がいの一番にさるから本を取った
どうご「ここに俺のカードを入れればいいんだな…」
荒々しく貸出カードを本のポケットに差し込んだ、その瞬間だった。
──空気が、はじけた。
本のページが自らめくれるようにぶわりと広がり、淡い金色の光があふれ出す。風は吹いていないのに、彼の制服の裾がふわりと舞った。
れい「……っ!」
次の瞬間、道後の身体が、まるで煙のようにふわりと溶け──本の中へ、吸い込まれた。
床に、彼が立っていた場所には、もう誰もいない。
ただ、一冊の本がぱたりと閉じられて、静かに落ちる音だけが響いた。
パサ──ン……
僕たちは、声も出せずその光景を見つめていた。
りこ「ほ、ほんとに……入った……」
おとは「信じられませんわ……」
幸人も神威も、言葉こそないが、強張った表情で本を見ている。
さるは静かに頷いた。
さる「──続く者は、貸出カードを。」
りょう「……、めだ…」
凌が吐息の様な小さな声で何か言ってるのがわかった。
そんな事を誰も気にも留めず、一人、また一人と順番にカードを差し込んでいく。
莉子、幸人、音羽、神威、そして──
それぞれが一瞬、躊躇いながらもカードを差し込むと、本は再び金の光を放ち、彼らの姿を一瞬で呑み込んだ。
誰もが、何も言わずに消えていった。
──ぼ、僕も、行かなきゃ。
僕は胸ポケットから貸出カードを取り出す。指先が少し震えていた。
れい(……これが、僕の現実を変える、一歩……)
本の表紙に刻まれた文字が、わずかに脈動しているように見えた。
《序文書:狼と七匹の子山羊》
震える手で、貸出カードを本のポケットに差し込む。
光が、溢れた。
──視界が、ひっくり返る。