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第5話 ようこそ物語の中へ

 れい(僕は今、移動しているのか。)

 眩い光が目を瞑っててもわかる。

 あと不思議な感覚だ。どこかに移されてる事を肌で理解しているかのような。

 体もとても軽い、感覚はあるのにまるで溶けてどこかにしみ込んでいるようだ…。


 ──すると


 その溶けているかのような感覚が元に戻ったのがわかると同時に、体も質量を取り戻したかのように重さが戻った。

 まぶたの裏で感じていた、眩い光も気づけばない。


 ──ぱちり、と目を開けてみた。


 天井が見えた。木造で、ところどころにヒビの入った梁(はり)がむき出しになっている。


 れい(……ここは……どこ……?)


 ゆっくりと身体を起こすと、草の匂いがした。藁の敷かれた木の床に寝転がっていたらしい。


 壁は粗いつくりの板張りで、隙間からはやわらかな光が差し込んでいた。


 小さな、小屋……だろうか。

 服に付いた藁を手で払いながら、立ち上がる。


 れい「……っ、え……」


 状況が飲み込めないまま、ふと背後から声がした。


 ???「……君も来たんだな」


 振り返ると、そこには幸人が立っていた。


 れい「ゆきと、くん……?」


 さらに視線を動かすと──信じられない光景が広がっていた。


 小屋の中央に、他の皆の姿があった。

 れい(良かった。皆と同じところに来てたんだ。…あれ?)


 れい(…凌くんは、来ていないのか。)


 そして──


 れい「……う、そ……」


 小屋の奥の隅に、大人の山羊が一頭と──そのまわりに、子ヤギが七匹。

 しかも驚くことに、後ろ足二本で人みたいに立っている。


 れい「や、山羊……?」

 そう言った瞬間、動転してなのか、目が、頭が能力に慣れてきたせいか気づくのが遅れた…。

 ヤギたちの周りに警戒と恐怖の色が見える。

 あと…この波紋みたいなのは…敵意!

 れい(ま、まずい…み、みんなに言わないと…)


 その事実はれい以外、知る筈も術もなく…

 れいが伝えるより早く莉子と音羽が動いていた。

 りこ「うわぁー!かっわい〜〜〜っ!」

 おとは「こ、これがヤギですの?白くてふわふわで、はぁ~…。愛くるしい…」


 莉子が、ぴょんと子ヤギに近づこうとしたところで、


 ???「まってまってまってっ!!」

 ???「こっちこないでっ!こわいの!!」

 ???「人間だ!!おかあさん、おかあさんー!」


 ……子ヤギたちが一斉にしゃべり出した。


 しかも、その言葉が、僕には──理解できる。


 れい(え……今、普通に……わかった?)


 幸人が落ち着いた表情でひとことだけ言った。


 ゆきと「どうやら、この世界では、言葉の壁は“ない”ようだな」


 幸人は冷静に周囲を見渡す。


 ゆきと「まずは、状況の整理を……」


 そのとき、奥にいた母山羊が一歩前に出て、震えた声を発した。


 母山羊「……あ、あなたたちは、誰なの?目的はなに?どうして、いきなり…しかもこんなところに?」


 母山羊の瞳が、僕たち一人ひとりを見回している。


 その声音には、強い警戒と認識できない程、色々なものが混じっていた。


 僕たちは顔を見合わせた。

 れい(……どう答えればいいんだろう)


 幸人が、落ち着いた声で答える。

 ゆきと「まずは、初めまして。僕たちのこの言葉がわかりますか?」

 母山羊「は、はい…。先程からあなた達の言葉は理解できていました。」


 ゆきと「良かった。僕たちは、この家を訪ねてきただけです。危害を加えるつもりはありません」


 ゆきと「……あと最近ここら辺で狼が出たと聞いたので、あなたたちを守るために、何か手助けができるかもしれない。それが僕たちの目的です」


 れい(す、すごいな、幸人くんは…こんな状況でもしっかり対応できている)


 しばらくの沈黙ののち、母山羊はふぅと息を吐いた。


 母山羊「……そう、ですか。皆さん、見慣れない姿でしたから……」

 母山羊の警戒の色が少し弱くなって、期待の色が大きくなった。

 敵意の波紋も少し落ち着いたように見える。

 母山羊「ここに来た目的が、もし危害を加えるつもりだったらもうしているはず…よね…」

 母山羊「いきなり疑ったりしてごめんなさい…」

 母山羊は頭を下げて謝っている姿に莉子と音羽が近づいた。

 りこ「いきなり人間が目の前に突然きたんだもん、怖くて当然だよ、だから謝らないで」

 おとは「そうですわ、頭をお上げになって?」

 おとは「それと、わたくしはあなた達と仲良くなりたいの。だ、だからもふもふさせて…」

 音羽から本音もこぼれた。


 母山羊は子ヤギたちを目で追って、目が合った子ヤギたちに優しい顔で頷いていた。


 子ヤギたちも、母山羊の言動を察したのか、さっきよりも警戒を解いたようで、ぴょんぴょんと足元を跳ねたり、少しずつ近づいてきてクンクンと嗅いだり、好奇心を露わにしながらこちらを覗き込んだりしている。


 あと、何故か信じられない現象が起き始めていた。

 子ヤギたちのほとんどが、自然と道後のまわりに集まり始めたのだ。

 頭を道後の足にスリスリする子ヤギ。

 道後をクンクンと嗅ぐ子ヤギ。

 道後に話しかける子ヤギ。

 子ヤギ「パパって呼んであげてもいいよ」

 どうご「なんだ、こいつら…は、はなれろ!」

 どうご「あぁあ、あっちの女の所にでも行けよ!」

 子ヤギ「あのお姉ちゃんたち、なんか僕たちを見る目がこわいからやだ!」

 子ヤギ「パパのところが良い!」

 どうご「パパっていうんじゃねぇ!」


 莉子と音羽は子ヤギの言葉を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちた。

 りこ「そんなぁ…」

 おとは「な、なにがダメでしたの…」


 母山羊が道後の周りで遊ぶ子ヤギたちを注意した。

 母山羊「もう、ダメよ、困らせちゃ!」

 母山羊はおどおどしながら道後に謝った。

 母山羊「あ、あの…うちの子達がごめんなさい」

 どうご「べ、別に大したことじゃねえから気にすんな…」

 母山羊は子ヤギ達が道後にべったり懐いていたので、あわあわしてるのを僕たちは見て、気持ちが少し和んだ。


 れい(やっぱり道後くんって見た目と言動は怖いけど、とても優しい人なんだ…)


 れい(あれ?一番小さな子ヤギがいない。どこにいるんだろう…)

 れいは周りを見渡すと、またまた意外な光景だった。

 一番小さな子ヤギはあぐらを組んで座っている神威の足の上でスースーと寝ていた。

 神威くんは両目を閉じて落ち着いて座っているように見えるが、僕のエモーションサイトが神威くんの一部に嬉しい色を表していた事を僕以外誰も知らない。


 れい(神威くんも、実はいい人なのかも…)


 莉子と音羽もその光景を見つけるやいなや、羨ましがっていた。


 僕たちは──まさに今、“物語の中”に入ったのだ。


 これからどう話が紡がれていくのか。

 リライターたちはこの物語を完結に導く事は出来るのか。

 母山羊と子ヤギたちの運命は如何に。


 狼と7匹の子ヤギ ── はじまりはじまり。

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