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第6話 色と能力


 小屋の中では異様な空気感が漂っていた…。

 皆が平然とはしてはいるが、それぞれに様子を伺い、状況が状況なだけに言葉を発するものも少ない。


れい(──とは言ったものの、何からしていいやらわからないなぁ…)

れい(童話について?それとも──)


 れいが考えていると、莉子がにこにこと笑いながら、母山羊に尋ねた。

りこ「ねえ、お母さん。ここの子ヤギたちって、名前ってあるの?」


 母山羊は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに微笑み返す。


母山羊「……はい、ありますよ。もちろん」


 そう言いながら、母山羊は神威くんの足の上で眠っている子ヤギをそっと見た。


母山羊「まず、あの子……あちらの男性の膝で寝ている子は“赤ちゃん”です」


りこ「………」

りこ「いやいやいや、名前だよ?」


母山羊「……ええ。ですからあの子は赤ちゃんですよ」


りこ「赤ちゃんは名前じゃないでしょ!まだ小さいからそう呼んでるだけじゃない。私が知りたいのは、な・ま・え!」


母山羊「あ、あの子は確かにまだ赤ちゃんですが、違うんです。あの子の名前が"赤"と言う名前の女の子なんです。なので私達は"赤ちゃん"と呼んでいます。混乱させてごめんなさい」


りこ「えっ!?そうだったの…。勘違いしちゃった…。なんかこっちこそごめんなさい」


 莉子が苦笑いして謝っている光景に、皆の心が和んだ。


 神威は、俺は分かっていたぞ。と言わんばかりに無言で小さくうなずいていた。

 感情視(エモーションサイト)には、なぜかわずかに“誇らしさ”のような色が滲んでいた。

 続いて母山羊は、道後の周りに集まる子ヤギたちの方へ近づいた

 どうごに頭をスリスリしていた、一番大きい子ヤギに母山羊は話しかけた。


母山羊「──紫ちゃん、いつものお願いできる?」


一番大きい子ヤギ「はい!おかあさん!」


 一番大きい子ヤギは大きな声で子ヤギたちにこう言った。


一番大きい子ヤギ「みんなー!いつもみたいに並んでー!」

 一番大きい子ヤギがそう言うと──

 子ヤギたちは綺麗に体が大きい順に並んだのだ。


 母山羊は一番大きな子ヤギの頭に頬を当てながら"いつもありがとう"と伝えると、僕たちの方へ振り向いた。


母山羊「この子達の名前は、一番大きいこの子、紫ちゃんから順に青くん、水色くん、緑くん、黄色ちゃん、桃ちゃんです」


りこ「う、うそでしょ…」


れい(すごい……色で名前をつけてるんだ……)


おとは(まぁ!なんて綺麗で素敵な名前ですの…)


どうご「なんで色が名前なんだよ」


母山羊「え、えっと、恥ずかしながらこの子たちの首輪の色に合わせてるんです」


れい(な、なるほど名前の由来はそこなんだ)


りこ「わ、わかったわ。教えてくれてありがとう」


 終始、莉子の表情は引きつっていた。


 すると、母山羊はそわそわしながら申し訳なさそうに、僕たちの方を見渡してこう言った。


母山羊「あ、あの、私、そろそろ食べ物を取りに行ってきてももいいですか」


 母山羊がそう言って、戸口へと目を向ける。


りこ「えっ、でも、外って……狼がいるんじゃ……」


 莉子が心配そうに声を上げると、音羽も同意するように前に出た。


おとは「そうですわ、危険すぎます。」


母山羊「え、えっと私、いつもこの時間に、森の奥の泉まで行ってるんで大丈夫ですよ」


 そう言って母山羊は穏やかに笑った。


れい(でも……大丈夫かな……?)


 そのとき、幸人が少し考えるようにして言った。


ゆきと「……童話通りだと、母山羊が外に行っている間に、狼が来るはずなんだ」


れい「ど、童話通り……ってことは、この流れを変えない方がいい……ってこと?」


幸人「少なくとも、今の時点で物語の筋に逆らうのは得策じゃない、と思う。完結の条件がわからない以上、今のところは流れに沿って観察した方が完結への糸口に気づきやすいと思うんだ」


どうご「おい、適当な事言ってんじゃねぇぞ!もしその童話通りにいかなかったらどうすんだよ!食われてからじゃおせぇんだぞ!」


ゆきと「……」

ゆきと「だが、もし僕たちが母山羊を行かせなかった事で童話本来の筋を違えたとして、完結の道が閉ざされたら元も子も無くないか。さっきも言ったが、今は何が完結の条件なのかわからないんだ」


どうご「───チッ!」


 それを聞いた僕たちはしばらく迷ったが、最終的に母山羊を引き止めないことに決めた。


 母山羊は子ヤギたちを安心させるかのように一匹ずつ、頬で子ヤギの額を撫でてこう言った。


母山羊「紫ちゃん、お母さんが帰ってくるまでみんなの事、よろしくね」


子ヤギ(紫)「はい!おかあさん!」


母山羊「青くん、何があってもお母さんが帰ってくるまで、戸を開けてはいけませんよ」


子ヤギ(青)「はい!おかあさん!」


母山羊「水色くん、緑くん、黄色ちゃん、桃ちゃんも───」


子ヤギ(水色・緑・黄色・桃)「はい!おかあさん!よく気をつけるよ!心配しないで行っていいよ!」


りこ「おかあさん、安心して。私たちがついてるわ。必ず守ってあげる」


どうご「ここには俺がいるんだから安心しな」


 神威も母山羊の方を見て頷いた。


母山羊「──では、子供たちをお願いします」


 母山羊は丁寧に一礼して、戸を開けて出ていった。


ゆきと「……さて、それじゃあ狼が来る前に、今の状況を整理しよう」


 莉子が、すかさず割り込んだ。


りこ「はい。はーい。名案があるんだけどー。皆の能力について教え合うのはどうかなー?」


 莉子の割り込みに幸人の顔が強ばっている。


ゆきと「そ、そうだな…。賛成だ」


 莉子が真っ先に手を挙げた。


りこ「私から言うね。私のは《代価の契約(バース・トレード)》って言って、私の“なにか”を差し出すことで、誰かに癒しや回復とかを分けてあげられるみたい」


ゆきと「なにか、っていうのは?」


りこ「んー…たとえばー…。私の体力とか怪我とかー。痛みとか精神?みたいなものを代わりにすることで、その人が助かるような力が働くみたい。あまりわかんないけど、とりさんが言ってた」


りこ「はい。じゃあー…次は音羽ちゃん!」


おとは「…っ!は、はい!」


おとは「──わ、わたくしの能力は《幸運の誘導(ラッキーガイド)》ですの。わたくしや他人に“幸運”を呼び寄せることができる能力ですの。ただ…使用後に反動が来ますわ」


りこ「反動?」


おとは「そうですわ。使えば使うほど、自分に後で不幸がくるらしいわ」


 道後がむすっとした表情で立ち上がった。


どうご「──なら次は俺か。俺の力は──。……ちょっとまってろ」


 道後は、ポケットから貸出カードを取り出して、そのカードを見た後、よしっ!と一言だけ発して貸出カードをポケットに入れた。


どうご「俺の力は《守護輪廻(ガーディアン・リレー)》だ。相手に結界を張って守ってやれる。ただし、ここからがすげーぜ。つけれるのは人だけじゃねえ。物でもなんでも貼りつけて守ることができる。何もしてねぇ時は常に俺についてるがな」


子ヤギ(青)「すごーい!さすがパパ!」


子ヤギ(黄)「パパかっこいい!」


どうご「パパって言うんじゃねぇ!」


 皆、道後に気づかれないように笑うのを我慢している。


どうご「お前らも笑ってんじゃねぇよ!」


りこ(ば、バレてた…)

れい(ご、ごご、ごめんなさい…)


 道後は神威に向かって聞く。


どうご「──で、お前は?」


 神威は静かに片目を開けた。


かむい「──俺の能力は──《一閃(いっせん)》。“一太刀”で、どんなものでも断ち切る力だ。……“勝負を決する一撃”って感じだな。──ただし、一日一回だけしか使えん」


莉子(神威くん…って。喋れたんだ)


れい(す、すごい……でも、それって本当に大事な時にしか使えないってことだよね……)


 幸人が、れいの方を見た。


ゆきと「君は?」

れい「え、えっと……僕の能力は《感情視(エモーションサイト)》で……その……人の感情が“色”で見えるんだ。とくに僕に向けられた感情は、すごく強く見える……みたい」


ゆきと「ふむ……」


 その時だった。


りこ「じゃあ、幸人くんは? どんな能力なの?」

莉子が最後にそう尋ねた。


 幸人は一瞬、間を置いた。


ゆきと「……僕の能力は、《知識増幅(インフォメーション・ブースト)》。“知っていること”をさらに深く理解して応用できるようになる能力だよ」


れい(……ん?なんだこれ…)


 エモーションサイトが、奇妙な"色"と“波紋”を映し出した。

 それは──警戒の色、それと“嘘”を言ってるような、微細な違和感だった。


れい(今のは……?)


おとは「──っ!誰かが帰ってきたわ!」


 音羽が戸の隙間を見ながら叫んだ。


子ヤギたち「お母さん……?」


 でも、それは違った。


 戸の向こう側、そこにいたのは──


 一匹の、黒くて大きな、牙をむいた“狼”だった。

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