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第3話 未遂

「それでね、今日のひまわりはすっかり雨にしょげているけれど……きっと明日になれば綺麗に咲くと思うの。だって、愛する太陽の顔を見られるんですもの!」

 アメリアは夢見るような調子で言う。それを見守り微笑む、アメリアの従兄クリストハルト・家庭教師のエルンスト・騎士団長のアルベルト。私はアメリアの幼稚なおしゃべりに心底うんざりしていた。

「そう思いませんこと? ベアトリクスお従姉(ねえ)さま」

 十六にもなって夢見がちな、苦労も不幸も知らないこの従妹に、「お従姉さま」だなんて私は呼ばれたくなかった。けれど、「ええ、そうね、アメリア」と適当に相槌を打っておく。

 広々とした室内には、円卓がふたつ。私とアメリア、男性三人でテーブルは分けてあるが、しばらくしたら立食もする予定らしい。あらゆる箇所に白い絹糸で刺繍があしらわれた純白のテーブルクロスのうえには、人数分の紅茶とティーポット、たくさんのお菓子が並んでいる。

 現代でもアフタヌーンティーなんかが大人気だけれど、本場のものは比べものにならなかった。ビュッフェのお菓子が、全種類乗っているみたいだ。

(……現代?)

 なにか記憶が蘇りそうになるが、いくら考えても思い出せない。


「お従姉さま、このマカロンおすすめよ。とくにこの……ピンク色! 見た目もとってもかわいいし、甘くてほっぺが落ちちゃいそうなの!」

 私は現実に引き戻される。

(アメリアったら、何を言っているのかしら……)

 そう思いつつも私は、「じゃあ、いただくわね」と、アメリアご推薦のピンクのマカロンを手に取る。

(かわいい……)

 小さくて、とってもかわいいマカロン。綺麗なピンク色は着色料を使ったものとはどこか違う。

(着色料? って何かしら?)

 そう思いつつもマカロンを口に入れるととても甘くて、幸せな味がした。私の謎めいた記憶なんて一度に吹き飛んでしまう。

「まあ、美味しいわ」

 思わず声に出すと、アメリアはにこにこと微笑んでこちらを見つめる。

「よかったわ、お従姉さまのお口に合って」

 私たちの様子を微笑ましそうに見守っている、アメリアの従兄のクリストハルト・家庭教師のエルンスト・騎士団長のアルベルト。彼らは紅茶のカップを手にしながら、アメリアばかりを見つめていた。

(そうよ、私のことなんて誰も見ていないんだわ)

 私は居並ぶ男性たちを見てそっとため息を吐く。

(でも、だからこそ、よ。誰も見ていないからこそ私は任務をやり遂げられる。お父様やお兄様に認めてもらうためには、これしかないのよ)


「それにしても、ひどい雨ね」

 憂鬱そうにアメリアが外を見やる。

「お茶もお菓子も素敵だけれど、お庭のお花たちが心配だわ」

「それなら、様子を見に行きますか?」

 口を開いたのは、アメリアの母方の従兄であるクリストハルト。

「私もお供しますよ」

 穏やかに続いたのが家庭教師のエルンスト。

 騎士団長のアルベルトは「私も」と言葉少なに応えた。

「ありがとう、みんな」

 アメリアは私の向かいで紅茶のカップを置いた。

「ごめんなさい、お従姉さま。私、ちょっとお庭を見てくるわ」

 私は気付いた。これは絶好の機会だ、と。

 間髪入れずに返事をする。

「かまわないわ、アメリア。でも私、朝から雨でちょっと頭痛がしていて……ここで待たせていただいてもいいかしら?」

「もちろんよ、お従姉さま。戻ってくるときに、頭痛にとびきり効くおくすりも持ってくるわね」

「ええ、ありがとう……」


 そうして私は、部屋に一人きりになった。

 向かいにはアメリアの紅茶のカップ。胸元には「エッセンス」の入った小瓶。

 見回した部屋には、本当に誰もいなかった。

(よし──)

 私は胸元から「エッセンス」の小瓶を取り出し、蓋を開けようと──……。

「何をしている!」

 飛んできたのは男性の怒声。

 私は飛び上がった。

(誰もいないんじゃなかったの!?)

 騎士団長のアルベルトが、扉のすぐ傍に立っている……と思ったときには私の腕は彼にがっしりと掴まれていた。

「や、やめて、離して!」

「その小瓶はなんだ? 何をするつもりだった!」

 アルベルトは片手で剣を抜いた。殺される──! 私は必死で訴えた。

「違う、違うの! 私、そんなつもりなかったの!」

 私は必死でアルベルトから逃れようとした。端正な顔立ちにブラウンの短髪、透き通るような碧い瞳──ものすごく好みの男性。でも彼は、私の手首を掴んで離してくれない。もう片方の手には抜き身の剣。

「囀るな、この悪女!」

 男性は素敵な声で、けれど私を大声で罵る。そう、私はこの台詞が大好きだった。

「どうしたの!?」

 駆けつけてくる鈴のような少女の声に、たくさんの足音。従兄クリストハルト・家庭教師エルンスト、それからたくさんの、おそらくは護衛騎士たちの足音。

(もうだめ!)

 このままではアメリア殺人未遂の私に待っているのは処刑台。私は渾身の力でアルベルトの手を振り払った。

「待て!」

(待たない!)

 私は手にしていた小瓶の蓋を開けた。中身の透明な液体を一息に飲み干す。人々の声が遠くなる。

 ギロチンより、毒薬のほうがマシだわ──!

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