「それでね、今日のひまわりはすっかり雨にしょげているけれど……きっと明日になれば綺麗に咲くと思うの。だって、愛する太陽の顔を見られるんですもの!」
アメリアは夢見るような調子で言う。それを見守り微笑む、アメリアの従兄クリストハルト・家庭教師のエルンスト・騎士団長のアルベルト。私はアメリアの幼稚なおしゃべりに心底うんざりしていた。
「そう思いませんこと? ベアトリクスお従姉(ねえ)さま」
十六にもなって夢見がちな、苦労も不幸も知らないこの従妹に、「お従姉さま」だなんて私は呼ばれたくなかった。けれど、「ええ、そうね、アメリア」と適当に相槌を打っておく。
広々とした室内には、円卓がふたつ。私とアメリア、男性三人でテーブルは分けてあるが、しばらくしたら立食もする予定らしい。あらゆる箇所に白い絹糸で刺繍があしらわれた純白のテーブルクロスのうえには、人数分の紅茶とティーポット、たくさんのお菓子が並んでいる。
現代でもアフタヌーンティーなんかが大人気だけれど、本場のものは比べものにならなかった。ビュッフェのお菓子が、全種類乗っているみたいだ。
(……現代?)
なにか記憶が蘇りそうになるが、いくら考えても思い出せない。
「お従姉さま、このマカロンおすすめよ。とくにこの……ピンク色! 見た目もとってもかわいいし、甘くてほっぺが落ちちゃいそうなの!」
私は現実に引き戻される。
(アメリアったら、何を言っているのかしら……)
そう思いつつも私は、「じゃあ、いただくわね」と、アメリアご推薦のピンクのマカロンを手に取る。
(かわいい……)
小さくて、とってもかわいいマカロン。綺麗なピンク色は着色料を使ったものとはどこか違う。
(着色料? って何かしら?)
そう思いつつもマカロンを口に入れるととても甘くて、幸せな味がした。私の謎めいた記憶なんて一度に吹き飛んでしまう。
「まあ、美味しいわ」
思わず声に出すと、アメリアはにこにこと微笑んでこちらを見つめる。
「よかったわ、お従姉さまのお口に合って」
私たちの様子を微笑ましそうに見守っている、アメリアの従兄のクリストハルト・家庭教師のエルンスト・騎士団長のアルベルト。彼らは紅茶のカップを手にしながら、アメリアばかりを見つめていた。
(そうよ、私のことなんて誰も見ていないんだわ)
私は居並ぶ男性たちを見てそっとため息を吐く。
(でも、だからこそ、よ。誰も見ていないからこそ私は任務をやり遂げられる。お父様やお兄様に認めてもらうためには、これしかないのよ)
「それにしても、ひどい雨ね」
憂鬱そうにアメリアが外を見やる。
「お茶もお菓子も素敵だけれど、お庭のお花たちが心配だわ」
「それなら、様子を見に行きますか?」
口を開いたのは、アメリアの母方の従兄であるクリストハルト。
「私もお供しますよ」
穏やかに続いたのが家庭教師のエルンスト。
騎士団長のアルベルトは「私も」と言葉少なに応えた。
「ありがとう、みんな」
アメリアは私の向かいで紅茶のカップを置いた。
「ごめんなさい、お従姉さま。私、ちょっとお庭を見てくるわ」
私は気付いた。これは絶好の機会だ、と。
間髪入れずに返事をする。
「かまわないわ、アメリア。でも私、朝から雨でちょっと頭痛がしていて……ここで待たせていただいてもいいかしら?」
「もちろんよ、お従姉さま。戻ってくるときに、頭痛にとびきり効くおくすりも持ってくるわね」
「ええ、ありがとう……」
そうして私は、部屋に一人きりになった。
向かいにはアメリアの紅茶のカップ。胸元には「エッセンス」の入った小瓶。
見回した部屋には、本当に誰もいなかった。
(よし──)
私は胸元から「エッセンス」の小瓶を取り出し、蓋を開けようと──……。
「何をしている!」
飛んできたのは男性の怒声。
私は飛び上がった。
(誰もいないんじゃなかったの!?)
騎士団長のアルベルトが、扉のすぐ傍に立っている……と思ったときには私の腕は彼にがっしりと掴まれていた。
「や、やめて、離して!」
「その小瓶はなんだ? 何をするつもりだった!」
アルベルトは片手で剣を抜いた。殺される──! 私は必死で訴えた。
「違う、違うの! 私、そんなつもりなかったの!」
私は必死でアルベルトから逃れようとした。端正な顔立ちにブラウンの短髪、透き通るような碧い瞳──ものすごく好みの男性。でも彼は、私の手首を掴んで離してくれない。もう片方の手には抜き身の剣。
「囀るな、この悪女!」
男性は素敵な声で、けれど私を大声で罵る。そう、私はこの台詞が大好きだった。
「どうしたの!?」
駆けつけてくる鈴のような少女の声に、たくさんの足音。従兄クリストハルト・家庭教師エルンスト、それからたくさんの、おそらくは護衛騎士たちの足音。
(もうだめ!)
このままではアメリア殺人未遂の私に待っているのは処刑台。私は渾身の力でアルベルトの手を振り払った。
「待て!」
(待たない!)
私は手にしていた小瓶の蓋を開けた。中身の透明な液体を一息に飲み干す。人々の声が遠くなる。
ギロチンより、毒薬のほうがマシだわ──!