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第5話 転移

 ここは、私が寝る前にプレイしていた乙女ゲームの世界のなかなのだ。

これはもう間違いがなかった。

 現代の、現実世界での私はとある会社のしがない事務職員。年齢は二十代半ば。ずっと乙女ゲームの攻略対象に恋をしてきたため、現実での恋愛経験はナシ。

 私は昨夜このゲームの攻略対象を、全員攻略したところだった。そして達成感とともに眠りについたのだ。ただひとつ、心残りを抱えて。


 この乙女ゲームでは、プレイヤーはヒロインの王女アメリアとなり、従兄や家庭教師、ライバル関係にある悪役令嬢の兄まで攻略することができる。どれもなかなか好みのストーリーだった。ヒロインのアメリアが夢見がちな少女であることだけが私の年齢とマッチしなかったが、それはまあ、乙女ゲームにはよくあることだ。

 しかしこのゲームには私にとって、ひとつ致命的な欠点があったのだ。

 それは、「推しを攻略できない」こと。

 私がゲームのイラストを見て一目惚れしたのは、ヒロインに一途に使える騎士団長だった。名前はアルベルト。このキャラを真っ先に攻略したい!と思った。けれど無情にも──彼は攻略対象のキャラクターではなかった。いわゆる「サブキャラ」、脇役だったのだ。


 アルベルトはヒロイン・アメリアを毒殺しようとした悪役令嬢・ベアトリクスを止めるが、結果的なベアトリクスの死により国王と王弟との関係は悪化。ベアトリクスの父は兄である国王に戦を仕掛け、ヒロインはその混迷の時代を己の愛するひとりの男性──つまり攻略対象──とともに駆け抜ける。ラストはその攻略対象──愛する人──と結ばれ、国王の座に就いてハッピーエンド……だ。

 アルベルトは王弟の反逆軍との戦いで重症を負い、ゲームの終盤で死んでしまう。もっとはやくに手当てしていれば、傷が悪化して死ぬことはなかったのに。

 私はなにがなんでもアルベルトを攻略したかったから何度も何度もゲームやり直したが、アルベルトの死は変えられないようだった。ゲームの仕様を恨んだ。アルベルトを攻略できる続編出てくださいと切に願った。

そんなゲームのなかに、私はいまいるのだ。


 プラチナブロンドの巻き毛、大きくおっとりした青い瞳をもつアメリアは、いまは私が操作するヒロインではなく、私の敵。

 私は漆黒ストレートヘアの、少し吊り上がった赤い瞳の悪役令嬢。


 アメリアの母方の従兄・クリストハルトは、アメリアによく似ている。プラチナブロンドの巻き毛を後ろでひとつに束ね、おっとりした青い瞳をしている。いつも快活で、アメリアをよくかわいがっている青年だ。白いロングコートが目に眩しい。


 家庭教師のエルンストは長い銀髪が美しい、メガネがトレードマークの、かなり年上の青年。アメリアの幼少期から勉学を教えている。

 物腰やわらかだけれど、腹の底では何を考えているのかわからないといった人。いつもゆったりとしたガウンを着ている。


 そして私の推し・アルベルトは、濃いブラウンの短髪に鋭くも澄んだ蒼い瞳の、騎士団長。ヒロインであるアメリアにつきっきりの、一途で過保護な存在だ。常に軍服で、マントを翻し軍靴を鳴らして歩く。

 寡黙で滅多に喋らず、表情の変化にも乏しい。けれど誰よりもかっこいいのだ。

『囀るな、この悪女!』

 この台詞に私のハートは撃ち抜かれたのだった。いざ自分が言われるとかなりのダメージを負ったのだが。

 もちろんアルベルトは、ヒロインになにかと冷たい態度を取るベアトリクスのことは嫌っている。


 そう、私は推しに嫌われる立場になってしまったのだ。

 そして死ぬ運命にもある。

 頭を働かせるならいまだった。


(どうしよう? まさかアメリアを毒殺するわけにはいかない。同じことの繰り返しになるに決まってる。成功したらしたでこのゲームがどうなってしまうのかわからないし、私は女王になりたいとも思わない。アルベルトに生きていてもらえればそれでいい!)


 私は決意した。好感度マイナスの、ヒロインの騎士団長・アルベルトを攻略して、幸せを掴んでみせる!

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