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第9話 アルベルトの申し出

 カーテンが開けられ明るい陽射しが差し込む、広々としたホールの食卓。

「お従姉さま、久々に晴れたわね!」

 今日は八月の十日。

 アメリアは朝食の席ではしゃぎっぱなしだ。

「そうね、ずっと雨続きだったから。頭痛もしなくなったし、よかったわ」

 ベアトリクスは片頭痛持ちだったらしい。苛々してまわりに当たってしまっていたのもわかる気がする。私はこの世界の効かない頭痛薬を飲みながらずっと横になっていたけれど、ベアトリクスは雨の日いつもこうだったのかと思うと気の毒だった。


「あとでお庭を見に行かない? みんなも一緒に!」

 またもやアメリアばかりを見つめていた男性陣は、喜んでと頷いた。その直前、アルベルト様だけが私を見ていた気がした。

(? 気のせいよね。アルベルト様が私を見ていただなんて)

 そんなことを思っていると、銀髪メガネの年の離れた家庭教師・エルンストが微笑む。

「アメリア様。勉学が先ですよ」

「ええっ、嫌だわ。せっかく久々に晴れたんですもの、お庭でお花を摘んで花冠を作りたいの!」

「ですから、勉学が済んだらいくらでもどうぞ」

「もうっ、エルンストの意地悪! 誰か味方して!」


 最近気付いたのだが、アメリアは自分のかわいらしさと立場を理解している。天真爛漫で無邪気というよりは、それを装ってより周りにちやほやされようとしているのだ。こんなヒロインだったなんて知りたくなかったけれど。それともベアトリクスが私にとってのヒロインになったから、ゲームシステム自体が狂ってしまったのかもしれない。

(そう考えたほうがよさそう。私が八月二日に死ななかったから、このゲームはもうゲームじゃない。ただの異世界よ)

 『ただの異世界』だなんて変な響きだけれど、私は元の世界に帰る方法もわからない。とりあえずここで生き延びるしかないのだ。そして、アルベルト様を、必ず攻略するのだ……。


「ははっ。アメリア、エルンストの言うことを聞きなさい。勉学に励めば、すぐに一緒に庭に出られるさ」

 口を開いたのはアメリアの母方の従兄・クリストハルトだ。

「もうっ、クリスお従兄さままで。アメリアは勉学がにが……得意ではないの」

「だったらなおさらだね。帝王学を学ばねば、どれだけの民が苦労するか」

「それも困るわ……。ああ、クリスお従兄さまが私の本当のお兄様だったらよかったのに。そうしたら、お従兄さまが玉座を継いで、私は自由気ままに過ごせるのに」

「こら、アメリア」

 そうか、兄妹ではないから攻略対象なんだった……と私は考える。

「アルベルト? アルベルトは、何か言ってはくれないの?」

 アメリアが拗ねたように言う。

「私は、意見するような立場ではありませんから」

 アルベルト様が困ったような声で答える。

「アルベルトが部屋のなかで様子を見てくれているなら、私がんばれる気がするわ」

 アメリアがとんでもないことを言い出して、私は椅子から腰を浮かせかける。

(なんで? アメリアはエルンストが好きなんじゃなかったの!?)

 そのときアメリアはちらりと私を見た。

 私はもしかして、と思う。

(アメリアは、私がアルベルト様を好きなことを見抜いている? そして、まさか……邪魔しようっていうの!?)

 アルベルト様のことなんて眼中にないって振る舞いをしていたのに!

 エルンストが本命だって言ったのに!!

 アメリアはすぐ、何事もなかったかのように目を逸らした。

「いえ、私がいてはお邪魔でしょう。エルンスト様にも」

 私はほっと息をついた。けれど、アメリアはわざとあんなことを言った──そんな気がしてならなかった。


「ところでベアトリクスご令嬢は、アメリア様が勉学に励まれる間、どうなさいますか?」

 突然アルベルト様が私に話を振る。アメリアはと見ると、むくれた表情をしている。

「私……ですか。アメリアが勉学となると、私……ここでは、とくにすることはない……かもしれませんわね?」

ひきつった笑みを浮かべて私は答えた。

 この別荘で私の知っている場所は少ない。与えられた客室と、クッキーを作った厨房。それから毎日食事をいただくこのホール……。

「そうよ、ベアトリクスお従姉さまはお客様よ! お客様を放って勉学なんてだめ!」

「アメリア、人を言い訳に使うのははしたないことですよ」

エルンストがメガネの奥で笑いながら注意する。

「だって……」

「よろしければ」

 そこに割って入ったのはアルベルト様の声だ。

「アメリア様が勉学をなさっている間、私がベアトリクスご令嬢に邸内を案内致しましょうか。ご令嬢はしばらく頭痛で自室にこもっておいででした。この邸のことをまだよくご存じではないと思うのです」

 私は驚いて、アルベルト様の瞳を見やった。綺麗な澄んだ青色には曇りひとつない。

「それなら、僕が」

 クリストハルトが口にするが、明らかに乗り気ではなさそうだった。

「いえ、どちらにせよご令嬢には護衛が必要ですから。私がお傍にいれば、と思うのです」

「それもそうだね」

 私に興味のない証拠に、クリストハルトはすぐに自分の申し出を取り消した。


「ベアトリクスご令嬢。よろしければ、このアルベルトがご案内がてら護衛を致しますが」

 願ったり叶ったりだ。私は二つ返事でアルベルト様の言葉に頷いた。

「よろしければ、お願いするわ」

 そしてアメリアに目を向ける。

「勉学が済んだら、呼んでちょうだいね」

 アメリアはこちらを見もせずに、「もちろんよ、お従姉さま」とだけ言った。

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