八月二十七日。
今朝ばあやが押してきた小さな銀のワゴンには、手紙の載った銀のトレイが見えていた。私はあの日を思い出す。
あの、八月二日の朝。このアメリアの別荘に着いた翌日に、お父様が私に寄越した手紙。
『ここから先は誰にも口外することはならぬ。
また、読み終えたらこの手紙は一片残らず燃やしてしまうように。』
私は身震いする。あの毒殺計画を実行しなかったから私は今日まで生きているのだし、アルベルトとも親密になれた──と思う。
そう、私は『あの毒殺計画を実行しなかった』。そんな私に届けられた、この手紙はいったい?
「ベアトリクスお嬢様」
ばあやが恭しくトレイを差し出す。
「お父上様からです。ばあやは、また外に出ておりますね。御用の際はお呼びくださいまし」
やっぱり、と私は呻くように呟いた。手紙はお父様からだったのだ。お父様の封蝋に、紋の入った白い封筒。何が書かれてあるのだろう。私はばあやが用意していったペーパーナイフでおそるおそる封を開く。
『我が娘・ベアトリクスへ
私の前の手紙は読んだか?
従妹・アメリアとはうまくいっているだろうか。
とんと話を聞かないものでね。
むろん、お前が手紙を寄越さないことを責めているわけではない。
「エッセンス」は失くしたのか?
それであれば、また新しいものを送ろうと思っている。
良い返事を待っている。』
(お父様は、アメリアの毒殺を、私に催促している──)
私は青ざめた。アメリア毒殺は、お父様の遊び半分の賭けだと思っていた。
私がアメリアの毒殺に失敗しても、手紙という証拠がなければお父様は咎められずに済む。私がどうなろうがお父様はどうでもいいのだから、これはうまくいけば朗報、くらいの事態だと思っていたのに。
(まずいわ。私、アメリアを毒殺せずに戻ったら、本当に父上に叱責される。それどころか、毒殺計画を知っている人間として、殺されかねない──)
私に味方はいないのだ、と思い知る。
お父様もお兄様も、血のつながった親兄妹だけれど、味方ではないのだ。
けれど、アメリアを毒殺するわけにもいかない。私は殺されたくなかった。もう、あんなふうに愛する人に腕を掴まれて怒鳴られたり……したくない。
ひとりでに涙がこぼれ落ちた。
(どうしよう、どうしよう。三十一日までにアルベルトに手紙の件を告白するつもりだったけれど……)
もう、行動を起こすには今日しかない、と思った。
私は決めた。扉を開け、待ってくれていたばあやに声をかける。
「ばあや、私、国元に帰るわ」
お父様は私を殺すだろう。けれど、その後しばらくは目立った動きが取れなくなるだろうと思う。
私が殺されて済むのなら、もう、それでいい。