アルベルトは、すでに自分は王姪であるベアトリクスの誘拐犯となっているだろうと言う。
「ですから、直接王宮へ赴きましょう」
「王宮へ……? どうするの、アルベルト」
「貴女の持つ証拠を元にこの件を国王へお伝えします」
「きっと、戦になるわね……」
「……申し訳ありません。ですが、国王陛下にならば、なにか良いお考えがあるかもしれません」
ない、と私は知っている。国王は寛大な人物だけれど尊大で、弟とは不仲だ。その娘である私・ベアトリクスのことも嫌っている。私の兄のエトヴィンのことも。だから全面戦争になるのだ。ここまでが、私の知りうる、この国での史実。
八月三十一日。
お父様の兵がこの国へと攻め寄せてきた。
国王は弟へ、娘のベアトリクスを人質にしたと通達したが、お父様は容赦がなかった。己の役目も果たせない娘は不要と言い放ち、民家に火を点けつつ進軍してきた。
「自ら陣頭に立つとまでは思わなかったな」
アルベルトは王宮の二階の窓から外を見て呟く。私は王宮の一室に匿われていた。
人質、だと伯父である国王はお父様に告げたが、実際は保護だった。アルベルトは私の護衛としてずっと傍についていてくれる。
(これなら、アルベルトが怪我をすることはないのかもしれないわ)
不謹慎ながら、そのことだけが私の心を癒してくれた。
アメリアの母方の従兄・クリストハルトも国元へ帰り、アメリアとエルンストは私と同じ王宮内にいる。アメリアの護衛についているのは、騎士団副長のグスタフだ。それがアメリアにはたいそう不満らしい。
王女である自分に「“副”長」がついているのに我慢がならないだとか、戦になったのは私・ベアトリクスのせいだとか。そんな噂は宮中に広まっていて、アメリアはおろか、私の「監禁」部屋に食事を運んでくるメイドまで私に冷たい。
唯一アルベルトだけが、私を気遣ってくれた。
──それでも、その日は訪れる。
「市街地にまで攻め込まれました!」
私の部屋の扉を、見知らぬ騎士が蹴破って開ける。
「わかった」
アルベルトはすぐに軍服のマントを翻し、カツカツと騎士のほうへ向かう。
「ベアトリクス様、行って参ります。お傍についておられず、申し訳ありません」
「そんなの、かまわないわ……」
私は敬礼するアルベルトを見て震えていた。
「でも、けれど、お守りのこと、忘れないで……」
はい、とアルベルトはしっかりと頷いた。
***
市街戦である。
見晴らしの良い宮中の二階からは、街のあちこちから火の手が上がっているのが見て取れた。
(怖い……)
アメリアにはエルンストがついているだろう。けれど私はひとりで震えているしかない。アメリアとは、私がアルベルトに「誘拐」されてから会っていない。罵倒ばかりしていると聞いている。
窓の外をこわごわずっと見ていると、ひとりの騎馬兵士が城に駆け込んできた。
「伝令ー! 伝令ー!」
庭に控えている兵たちがざわざわとし始める。私はその伝令の内容にぞっとした。
「エトヴィンお兄様が……お父様を裏切った……?」