市街地の一角。
エトヴィンは、己が背後から父を刺し貫いた剣を引き抜いた。
父は小さな存在だった。頼りにならない妹なんぞに姪の毒殺を任せるよりほかに、玉座を奪取する方法を思いつかなかったような男だった。
いまだって、息子だからと油断して自分に背を向けた。
「最初から戦をしかけていればよかったのだ」
エトヴィンがそう呟いたとき、首筋に冷たい感触が当たる。耳元で低い声がした。
「……おまえは、妹姫のことをどう思っている?」
エトヴィンは咄嗟に身を翻した。しかし首筋からは血が滴る。
「なんだ、おまえは」
「アルベルト。ベアトリクスご令嬢を攫った男だ」
「……騎士団長か」
エトヴィンは舌打ちをした。
(この男、市街地に溢れたこちらの兵を単騎で薙ぎ倒してきたというのか?)
ブラウンの髪に、鋭く碧い、透き通るような瞳。その奥には憎悪にも近いものが浮かんでいる。
「ベアトリクスがなんだって?」
「いま、王宮に監禁されている。助けに行くか?」
「誰が!」
エトヴィンは吐き捨てた。
「父も妹も、何の役にも立たなかった! 私は私以外信じないしどうなってもかまわない!」
瞬間アルベルトの剣技が炸裂する。エトヴィンは守勢一方……に見えたが、思い切り地面を蹴り上げた。盛大に砂塵が舞う。
「! 視界が……!」
アルベルトが目を開けられるようになったときにはもうエトヴィンの姿はなく、アルベルトの脛はぱっくりと割れ、どくどくと血を流していた。
「くそ……」
エトヴィンは不利と見て、兵を連れて引いたらしい。味方は総崩れ、残っている者はみな屍だった。
(歩けない。出血がひどい。ここで死ぬのか……)
『でも、けれど、お守りのこと、忘れないで……』
頭のなかに響く声がある。アルベルトははっとしてベアトリクスから与えられたお守りを取り出した。
『もしなにか、どうしようもないという時になったら、その袋を開けてみて。もしかしたら、中の物が使えるかもしれないわ。だから、……持っていてほしいの』
お守りのなかには大量の包帯が入っていた。
「……ベアトリクス様」
知らず、頬を涙が伝った。