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第13話 レオニスの追憶(下)


「呪具がお前へのプレゼントに仕込まれていたんだ。あの時、本来お前に向かうはずだった呪詛は、ステラの足に直撃した。お前は懸命に解呪ディスペルを唱え、その結果、魔力欠乏に陥り、意識を失ったんだ。目が覚めた時には、ステラが呪いを受けたことをすっかり忘れていた」


 父の言葉が、俺の脳裏に、曖昧だった記憶を鮮明に呼び起こした。


 幼い俺とステラ。俺を庇う小さな体。突き飛ばされたような衝撃。虹色の炎。焼け付くような痛みに悲鳴を上げるステラに、何度も手をかざす俺……。


「そんな……どうして黙っていたんですか!? どうして、どうして!!」


 顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。今までの俺の生涯は、身代わりとなったステラの苦痛の上にあったのだ。


「レオニス。今、公爵家は安定しているが、政敵は常に我々の隙を窺っている。あの日、あの場所で、一部であっても呪いが成立したことを相手に悟られてはならなかった。お前の立場、ひいてはフォルティア家の地位が揺らぎかねない」


 頭の奥で、理性は父の言葉に納得していた。だが心はそうはいかない。何も言えずにいたのは、たとえここで何を言おうとも、俺がステラの苦しみの上で生きてきた事実は全く変わらないからだ。


「ゆえにこれまでステラには、呪いの事実を隠してもらった。そしてお前の記憶には封印を施した。潤沢な資金をイヴァノに融通したのは、何も友人だから、優秀な開発者だからというばかりじゃない。ステラへの……贖罪だ」


 ではなぜ俺に教えなかった。そう言いたいが、父の話はまだ続いている。


「だがステラの命は、今、これ以上ない危機に瀕している。イヴァノはそのせいで、横領に手を染めてしまった」

「……罪は罪です。でも、理解はできます。あの呪いは、残念だが我が国の治癒師では手が出ない」


 重苦しく父は頷いた。父は、ステラの真実を知りながら、公爵家の名誉とイヴァノさんが作り出した魔導通信を守ることを優先している。


 ただ1人の生涯と国の繁栄を天秤にかけ、父はフォルティア公爵として国の繁栄を選んだのだ。


 俺が父の立場なら、どうしただろうか。問いかけても、答えが出ない。


「彼女が隣国へ行くのは、解呪できる可能性のある治癒師がいるからだ。日程が固まり次第、お前には真実を明かすつもりだった」


 一瞬だけ心が軽くなる。そうか、ステラの呪いは解ける可能性があるのか。


「だが、さまざまな事情が重なった」


 父の言葉に胸が締め付けられた。その事情には、俺の行動も含まれるのだろう。


 数か月前。俺は資金の不自然な動きから、イヴァノさんを含め内部の人物による不正が起きていると考えた。そして内密に事を進めようとして……結果として事態の悪化を招いたのだ。


 知らなかった。そう言うのは簡単だが、罪は罪だ。俺がイヴァノさんの横領を責めるのと同じくらいに。


「できるだけ安全な隣国行きを支援しつつ、今回の件をまとめ、公爵家、そしてイヴァノの立場を守る。全てを丸く収めるには、あくまで『奔放な男爵令嬢が遊びに行く』という印象を世間に与えるしかなかった……それしか、なかったんだ……」


 父の言葉は、俺の心を冷たく突き刺していく。それしかなかったのか。本当に、それしか。


 書斎を出た俺は、気が付くとあのガゼボに来ていた。


 俺の中で、ステラという存在が、過去の記憶と明かされた真実によって、完全に違う存在として認識されていた。


 彼女は、父の富に驕り、変わってしまったわけではない。あの頃の、純粋で聡明で、そして誰かのために自分を犠牲にできるような。そんな心優しい少女のままだった。


 ただ、真実を隠すために、彼女は『悪役』の仮面を被らざるを得なかった。


 俺は。彼女に、どう報いればいいのだろう。せめて彼女が今夜を落ちついて過ごせるようにと、願うことしかできなかった。


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