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ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~
ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~
裃左右
異世界恋愛悪役令嬢
2025年07月07日
公開日
3.9万字
完結済
 王家の策略により、王太子の婚約者に選ばれた伯爵令嬢ベアトリーチェ。 「お気づきになりましたか、お嬢様。これは、栄誉ある縁談などではない。『金の首輪』ですよ」  愛する家族を守るため、令嬢は決意する。  ――そうだわ、わざと嫌われて、婚約破棄されればいいのよ!  歴史上の悪女を手本に「完璧な悪役令嬢」を目指すが計画は、持ち前のポンコツさとドジっぷりで、いつもあらぬ方向へ大脱線! 「お嬢様、本日のご予定は? ……ふむ、実に面白い脚本ですね」  そんなお嬢様の奇行を、完璧なサポートと皮肉で支えるのは、ミステリアスな専属執事、イヅル・キクチただ一人。 「ああもう! なぜ計画通りにいかないのよ!?」  ドタバタな悪役計画は、何故か生真面目な王太子や天然ヒロインの心を掴んでしまい、事態はどんどん複雑に!?  すべてを裏で操る腹黒執事の掌の上で、果たしてポンコツ令嬢は、望む「穏便な婚約破棄」を手にすることができるのか?  これは、悪役を演じる不器用な令嬢と、その人生を「最高のエンターテイメント」として愉しむ執事がおくる、予測不能な勘違いラブコメディ。  さあ、勘違い悲喜劇(バーレスク)、ここに開幕。

第1話 プロローグ ~ 開幕までのいきさつ

 この世がすべてひとつの舞台だとして、男も女もみな役者に過ぎぬとしても。


 わたくし、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイの人生は、豪華絢爛かつ、研鑽と叡智に満ちたものでありましたとも。

 社交界の華、才色兼備の煌めき。望むものはすべて手に入れ、退屈な殿方からの恋文は暖炉の焚き付けに。

 まるで不満はなかったの、何ひとつ!


 そんな人生がガラガラと安っぽい音をたてて崩れたのは、十六歳の誕生日を間近に控えた、晴れた日の午後だったのです。


「あら、美味しい紅茶ですわね。パパ」

「そうだろう? 特別に取り寄せたんだぞ」


 なんだか嫌な予感がしたわ。

 父は、良い話の場合はフライングしがちな迂闊さがありましたので。

 少なくとも、娘のわたくしに関しては、という意味ですけれど。


「で、お話というのなんです?」


 そう、忘れもしない。

 伯爵家が誇る薔薇の庭園。伝統ある深紅の品種から、改良を重ね生み出された幻の青薔薇まで、多種多様な花々が競い合う。さながら芳香の舞踏会。

 そんな白亜のガゼボは、いつだってわたくしのお気に入り。

 父であるウェルギリ伯爵が、極上のダージリンを勧めながら、爆弾を投下するまでは。まあ、悪くないお茶会でしたね。


「ビーチェ、王太子バージル殿下との婚約が、内々に決まった」

「――は?」


 ガチャン。ティーカップを、危うく割るところでしたわ。


 王太子殿下との婚約、この国における女性にとっての最高の名誉。いずれ国母となる、栄光への階梯。心臓が、期待に、大きく跳ねる。

 もちろん、わたくしにこそ相応しい立場ですとも!


「まあ、お父様っ! わたくしが殿下と!?」

「いかにも。王たっての願いだ、光栄なことだよ」


 なんなら、まあ、当然よね、と思いましたね。だって、わたくしですし。

 でも、喜びも束の間で冷静になる。脳裏に「バージル殿下」のお顔が浮かんだ途端ね。


(えっ、アレと結婚するの?)


 まず、顔は良い。そこは認めます。

 陽光を溶かした金髪、湖の青レイクブルーを閉じ込めた碧眼。肌は磨き上げられた象牙細工のよう。そうね、顔だけは国宝級。


 ですが! 冗談ひとつ通じない、あの性格!

 アカデミーでは「歩く氷点下」「笑わずの王子」「アイスマン」とまで呼ばれている、あの堅物中の堅物。

 父と古代の詩集を、一緒になって読みふけり(強面の癖に、父は乙女チックな詩が大好きなの)、感傷の涙を流す自分とは、あまりにも水と油!


「えっ。ということは、あの仏頂面と毎日顔を合わせるということですの!? 絶対に、ずぇ~ったいに無理ですわ!」

「お、おいビーチェ。さすがに不敬が過ぎるぞ」


 思わずほとばしった絶叫は、本心そのもの。

 いや、国母になるのは全然やぶさかではないのですけれど、無理なものは無理でしょ。


「そうはいうが、民からの人気は絶大だぞ。公明正大、文武両道、立ち振る舞いも覇気があると評判だ」

「あのね、パパ! 民衆にだけ良い顔できても、肝心のわたくしに笑顔の一つも向けられないのが問題なの!」

「妻になれば……まあ、なんだ。違うかもしれんではないか」


 百戦錬磨の策略家として名高い父が、どこか苦渋に満ちた顔を逸らした。

 まあ、立場上、拒否権などないことくらいは、理解する分別はありましたのよ。この時は、まだね。



***



 後日、婚約の発表を前に、我が家でセッティングされたお茶会。

 甘い雰囲気を期待したわけではありませんけど、悪夢以外の何物でもなかったですわね。


 最高級の茶葉を淹れる、わたくしの専属執事……イヅル・キクチ。

 シルバーポットに湯気を立て、パティシエが腕によりをかけたタルトは宝石みたい。こんなにも美しいものが、揃っているのに。

 主役である王子は、石像のように硬い表情。


「ベアトリーチェ嬢、か」


 値踏みするような第一声。

 わたくしは、反射的に背筋を伸ばし。淑女の笑みを披露しましたわ。


「はい、殿下。本日は御来訪いただきまして、心より感謝いたしますわ」

「かのシャーデフロイ家の娘と聞いて、どんな腹黒い女狐かと身構えていたが」

「は?」


 今、この方はなんとおっしゃった。女狐?


「どうやら、存外普通の令嬢のようだな」


 侮辱。いや、他に解釈もしようがないほどの侮辱。

 浮かべた笑顔が微動だにしなかったのは、長年の淑女教育の賜物。


(普通ですって? 社交界の華と謳われ、数多の令息たちから熱烈な恋文を受けたこのベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイを捕まえて、ふ、普通っ!?)


 バージル殿下は、渦巻く憤りなど露知らず。紅茶を含むと、心底興味なさそうに続けた。


「まあ、いい。これは王家と伯爵家における、政治的決定だ。余計な期待はせぬようにな。よろしいか?」


 それは恋も愛も、この婚約に存在しないという宣告だった。


(せめてっ! 今日のために新調した、この水仙色のドレスを褒めなさいよ! あなたの瞳に合わせて選んだ、わたくしの気遣いがわからないの!? この馬鹿王子っ!)


 なんとか、扇で口元を隠しながら「はい、畏まりました」と頷く。

 でも、許されるなら! すぐさま紅茶を、鑑賞用のお顔にぶっかけてやりたかったわ!


 そこに、専属執事イヅルが割って入る。銀縁眼鏡がきらりと光った。


「殿下。お茶のお代わりは、いかがでございましょうか」

「もらおうか、味は悪くない」

「あり難き幸せでございます」


 空になったカップに紅茶を注ぐ、イヅル。レンズ奥の眼差しの黒曜石からは、何を思っているのかまるで読めない。


「聞いた記憶はある。シャーデフロイ家に、辺境島国から来た一族が仕えていると。……イヅル、と言ったか。確かに、我らとは違う毛色をしているな」


 バージル殿下は矛先を、今度はイヅルに向けた。


「はい、殿下のお目に留まり光栄です」

「祖国から、追放された身の上か。流刑された犯罪者ではあるまいな?」

「いえ、まさか。つい、100年ほど前。我らは、お仕えする主君を求め、旅立ったのでございます」

「それで見つけたのが、翼を持つ毒牙とジェンシャンを冠する『業深き骸山の館シャーデフロイ』だと?」

「仰る通りでございます。我らにとっては、まさに僥倖だったのでしょう」


 当たり障りのない答えで、さらりと受け流す専属執事イヅル。


(この馬鹿王子。……わたくしの執事を犯罪者の末裔呼ばわりしたわね?)


 まったく勝手なことばかり。ああもうっ! この婚約、どうしてこんなことになってしまったの!


 けれど、なぜかしら。

 イヅルの声に、面白がっている時の響きが、微かに含まれているように聞こえたの。


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