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第6話 私はあなたを見ないと気分が悪くなる

「――現状は、最悪ですわね」


 月も隠れる、漆黒の夜。

 私室で開かれた緊急作戦会議(反省会)は、荒れに荒れていた。髪の毛もわっしゃわしゃしちゃう!

 壁には、不眠不休で書き上げた、巨大人物相関図。びっしりと書き込まれた矢印と注釈は、もはや狂気の産物に近いかもしれない。


「見なさい、ひどい通り名がついたものですわ」

「おや。むしろ、お嬢様の才覚に相応しい、栄誉ある二つ名ばかりかと存じますが」


 傍らに立つ影――イヅルは、優雅に紅茶を淹れながら嘯く。本当に、どこまでも他人事なのだから。


「どこがですの! あれ以来、シャーデフロイ派の令嬢たちでさえ、腫れ物に触るように遠巻きにするようになりましたのよ!」


 日に日に、囁き声すら聞こえなくなってきたわ。それはもう黙殺よ、黙殺!

 『シャーデフロイ家の魔女』だの『予測不能なヤンデ令嬢』だの、『触れてはならぬあの人』などと物騒な二つ名ばかり。


「どう己に言い聞かせようとしても、無理ったら無理っ。胸にぽかんと、秋風が吹きこんでくるの! わたくしは悪役令嬢になる覚悟はあったけど、『禁忌の時限爆弾クレイジー・ガール』扱いされたいわけじゃない!」

「差し詰め、副題はAvoid at all costsどんな犠牲を払ってでも避けろですかね。歌劇になったら、是非とも観覧に行きたいものです」


 愉しみでございますね、と差し出してくるお茶は、気が休まるカモミールティー。うう、扱いに逆らおうと思えないのが悲しい。

 なんだかんだ、欲しいものを欲しい時にくれるんですもの。あ、お夜食のクッキーも美味しいわ、ポリポリ。


「なぜ、こうなったのかしら」

「まあ、あの後もなさったことが、次から次へと勘違いされましたからね」

「言わないでっ! でも、発想は良かったと思うの、わたくし!」


 インクテロ事件以降も、わたくしは諦めなかった!

 気を取り直し、第二の作戦『叡智の森に響く、不協和音ディソナンス・ライブラリアタック』作戦を実行したの。

 勉強熱心なバージル殿下の愛する場所を、汚すという邪悪な策を!


「あれはそう、言うなれば『侵されざる第二の聖域』を攻める作戦っ!」


 王立アカデミー図書館! そこにある書籍すべてを、歴史、著者、年代も関係なく、完璧なアルファベット順に並べるという計画。


「陰湿で、知的な精神攻撃をしようと思ったのにっ!」

「少なくとも、転ばなかったのは、改善点でしたね」

「うるさいわね! 馬鹿にしてるでしょ!」


 けれど、こともあろうに、夢中になりすぎて閉館時間に気づかず。わたくし自身が図書館に閉じ込められてしまったの!


 そして、翌朝、なぜか青い顔で探しに来たのは。


 ――バージル殿下と、騎士ローラント殿。いや、本当になんで?


 救出された結果、「殿下を案じるあまり、夜を徹し不審な痕跡を探していた健気な令嬢」という、新たな伝説が爆誕してしまったの! 解せないっ!


「おかしいでしょ! なぜ、そこでお二人が出てくるの! あなたが助けに来なさいよ! 計画知ってたでしょ!」

「いやあ、確かになぜお二人が来たのでしょうね? 不思議です」

「怠慢よ、職務怠慢~っ!!」

「まあまあ。その次はなんでしたか、結局、ルチア様に標的を戻されたのでしたよね」

「そうよ! 懐いてる娘でも、悪役だもの! きちんと泥土に突き飛ばしてやろうと思ったのよ!」


 そう、その次は薬草園よ。

 ルチアを標的に定め、「あなたを見ると、気分が優れなくなるのよね」という、渾身の嫌味をぶつけて泥まみれにしてやる計画だったの。

 ところがセリフを言った直後、夜更かしがたたって、盛大に立ち眩み。


 駆け寄ったルチアに、抱きかかえられ。あれやこれやと医務室に運ばれ。

 最終的には「ベアトリーチェ様は、わたしに会いたい一心で、お体に鞭打ってご無理を!?」という、熱病のような勘違いをさせてしまったわ。

 どんな弁解をしても「わたしの身を案じ寝不足に!」とか言われてしまい、もうお話にならず。


「でも、その。ち、力強い腕だったわ。……意外と」


 回想すると、思わずポッと照れてしまう。あんなに力強く抱きしめられたの、生まれて初めてだったから。


「どうやら、ルチア様にはフィジカル面では敵わなそうですね」

「なんで、あんなに逞しいのよ。あの娘」

「平民であった頃は、野山を駆け回り、羊を追いまわし、化け狼を狩っていたそうですね」

「あれ、もしかして今、わたくしに狩猟犬の話を聞いてるのかしら??」

「神への給仕役であるギャニミード男爵家も、神事はもちろん、家業の酒造も自ら行うそうですから。思ったより体力勝負なのでは? お嬢様と違って」

「うう、わたくしをバカにするなー!」


 ローラント殿は「なんと、気高きお方だ」と感動で涙! どういうこと!?


「どれもこれも、計画は完璧でしたのに! ああっ。わたくしがポンコツなばっかりに!」

「日頃の鍛錬が足りていないのでは?」

「うっさいわねっ!」


 クッションを投げつける。が、やはりひょいと躱される。


「などと言いつつ、ルチア様を呼び捨て、“ビーチェ様”と愛称で呼ばせているではありませんか。満更ではないのでは?」

「うっ。それは、その」


 だって、お友だちがいなくなっちゃったんだもの。わたくしだって、アカデミーで寂しい想いをしてるのだから、少しくらいいいじゃない!


「結果的に、殿下や関係者との絆が深まってますね。いやはや、なんと恐ろしい策略。おお、これではまるで、シャーデフロイ家が縁談を固定化しようとしているかのようだ!」

「わたくし、婚約破棄させたいのよ? わかってる?」


 イヅルは芝居がかった言い回しで、大仰に茶化してくる。あなたじゃなければ、とっくにクビにしてるところよ。


「わたくし、もうバージル殿下と絆を深めたいわけではないんだから」


 なぜかバージル殿下の視線を、前よりも感じるようになった気がするし。

 図書館で歴史書を広げれば、書架の隙間から。カフェテラスにいれば、遠くの座席から。中庭のベンチで詩集を読めば、回廊の柱の陰から。

 なんだか、ねっとりとした警戒の眼差し。先日なんか、花畑でラベンダーを摘んでる時までいたんだもの。


(人をなんだと思っているのかしら。毒でも仕込むと? 純粋にポプリを作ろうとしていただけですのに! ぷんぷん)


 思い出すと腹が立ってきたわ!

 と、そこにイヅルがふわりと尋ねて来る。


「そう、ですね。ビーチェお嬢様は、最近なぜか、たまたま歩いた先でバージル殿下にお会いすることが増えましたね?」

「え? そうね、そう思ったわ」


 何か含みがある言い方をしてきたが、いつものことなのでスルー。いちいち気にしてたら、キリがないんですもの。

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