目を開けると、そこは森の中だった。柔らかな陽光が木々の隙間から差し込み、鳥のさえずりがどこかのんきに響いている。……だが、心は全然穏やかじゃない。
「おい女神、ここどこだ?」
「はいっ! この場所は《ぷよぷよの森》です!」
「命名センスに不安しかねぇな……」
昨日――いや、死んだ当日から、もうよく分からんスピードで話が進んだ。
俺は鍋を火にかけたまま寝落ちして、そのまま火事で死亡。なぜか異世界転生が確定し、スキルガチャの失敗で「エサ」なんて意味不明な能力を押しつけられた。しかも、目の前のポンコツ女神が、俺の手作りおにぎり一個でテイムされるというトンチキな展開付きだ。
「えへへ、リョウさんの背後にぴったりくっつくのが、私の今の仕様です♡」
「仕様変更できねぇかな……」
そんなアホな会話をしつつも、俺は辺りを見渡して素材探しを始めていた。幸い、森のあちこちにはベリー系の実がなっており、なんだか見覚えのあるキノコも生えている。使えるかどうかはともかく、料理魂が騒ぐ。
「なんか甘い香りしないか?」
そのとき、低い草むらの向こうに――ぷるん、と透明な何かが動いた。
「あっ! あれ、スライムです!」
ちび女神が嬉々として叫ぶ。ぷよん、としたジェル状の体が、もっちり跳ねるたびに太陽の光を反射していた。
威圧感ゼロ。雑魚モンスター代表格。だが、俺のスキルは『エサ』だ。まずは、この手のヤツから攻略すべきだろう。
「で? 何を食わせりゃいいんだ?」
「ふふん♪ こう見えて、私は図鑑を持ってます! 私のお手製ですけど!」
ドヤ顔で女神ルナが取り出したのは、明らかに手書きの手帳だった。しかも、表紙には「試作版」と書かれている。大丈夫か、これ。
「お前、自作かよ」
「いいじゃないですか! えーと、えーと……あ、ありました! スライムは“甘いもの”が好物です!」
「“女神調べ”って書いてあるぞ、それ」
「大丈夫です! 神の勘です!」
「信用ねぇな……」
とはいえ、ほかに選択肢もない。俺は周囲の素材を集め、即席の料理に取りかかった。
紫がかった小さな実と、木の幹から滲んでいた透明な蜜――柑橘っぽい香りがしたそれらを組み合わせて、ベリーハニー団子もどきを作る。
火を通して香ばしく焼き上げ、葉で包むと、それはそれなりに見栄えのする甘味になった。
「さあ、お食べ」
俺がそっとスライムの前に団子を差し出すと――
ぷるぷるっ。
スライムはふるふると震え、団子に向かってぴょんっと跳ねた。ひとくち……いや、体の中に団子を“吸収”して──
キラーンッ!
体が一瞬光を帯びた。
『スキル【エサ】発動──対象:スライムとの契約が成立しました』
「うお、マジか……本当に懐いた」
「さすが私の図鑑ですっ!」
……まぐれじゃないか、これ?
ぷよん、と軽く跳ねて、スライムは俺の足元にぴったりとくっついて離れない。いや、粘着してる。もはや靴下状態だ。
「こいつ……やけに懐いてないか?」
「それだけリョウさんの料理が美味しかったってことですっ!」
どや顔の新人女神ルナは、ぷにぷにスライムを愛おしげに撫でている。もしかして、ちょっと羨ましいのか?
「名前つけましょうよ! 初めての仲間なんですから!」
「名前って……お前じゃあるまいし」
「え、じゃあこの子の名前、“スイーツ”で!」
「おい、まんまだな!」
そんなこんなで、異世界での最初の仲間は甘党スライム・スイーツに決定した。
その後は、食べられそうな果実や香草をちょこちょこ集めながら、俺たちは森を抜ける小道を歩いた。
そして――夕方前、ようやく開けた場所にたどり着いた。
「おお……村が近そうだな」
「はい! えーと、《リーフェン村》ですっ!」
「また適当なこと言ってないだろうな」
「ちゃんと看板ありましたよ! 神の勘じゃなくて、物理的に!」
本当かどうか怪しい。しかし、女神とスライムだけの状態から脱したい俺は、村に向けて歩を進めた。