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第3話 料理はすべてを解決する

 小一時間ほど歩いた頃だった。森の木々が切れ、視界がぐっと開けた。


「おお……あれ、村じゃないか?」


 草原の先に、石垣に囲まれた集落が見えた。低い屋根と煙突から昇る白い煙──人が暮らしている証拠だ。


「はいっ、あれは《リーフェン村》ですね! 間違いないです!」


「今回は神の勘じゃなくて、ちゃんと看板見たよな?」


「もちろんですとも! さっき、確認しましたから!」


 ポニーテールを揺らしながら胸を張る新人女神・ルナの手には、相変わらず手作りのモンスター図鑑が握られている。


 その横で、スライムのスイーツがぷるぷると跳ねて俺の足元についてきた。やたらと懐いているが、荷物にまとわりつくのだけは勘弁してほしい。


 しばし歩きながら、俺はふと思い出したように訊いた。


「なあ、ルナ」


「なんですか? スライムに乗りたいとかですか?」


「いや、乗り物扱いする気はない。そうじゃなくて、この《エサ》スキルさ……人間相手には効かないんだよな?」


 ルナはぴたりと立ち止まり、ぽかんとした顔でこっちを見た。


「あ、えっと……あ、はい! だいじょーぶです! 《テイム対象:モンスター限定》って明記されてます!」


「ほんとか? 例えば、村人に料理出して、勝手に『ご主人さま〜』とか言われても困るんだが」


「それは絶対にないですっ!」


 即答してくれて、ちょっと安心する。


「……たぶん!」


「その“たぶん”いらない! 神だろお前!」


「研修中ですっ……!」


 俺が頭を抱えていると、スライムのスイーツがぷるぷると横に跳ねて、ルナの足にぺたんとくっついた。


 ……どうやら、慰めてるつもりらしい。


「こいつ、優しいな……」


「でしょ!? スライムなのにコミュ力高いんですよー!」


「スライムの基準がよく分からんがな……」


 そうこうしているうちに、村の門までたどり着いた。





 だが、予想どおり――というか嫌な予感はしていた。


 村の入口にいた二人の青年が、こちらを見た途端、明らかに警戒態勢を取った。


「おい、あんたら!」


 一人が槍を構え、俺たちの前に立ちふさがる。


「そのスライム……どこで手懐けた!?」


 ああ、やっぱりこうなるか。


「えーと、これは……ペット?」


「ペットォ!? いや、それは魔物だろうが!」


「いや、まあ……そうなんだけど」


 慌てて言い訳しようとしたそのとき、ルナがサッと前に出てきた。


「待ってください! リョウさんは料理人です! 悪い人じゃないですっ! スライムもいい子なんです!」


「……誰だお前」


「私は女神です!」


 沈黙が落ちた。


 そして青年は、じっとルナの頭上に浮かぶ“研修中”の札を見て、微妙な顔になる。


「なんか、変な光出てるし……もしかしてマジで神様?」


「マジです! 正真正銘の神様! ……研修中だけど!」


「う、うーん……」


 青年たちは顔を見合わせ、すぐには槍を下ろさない。


 まあ当然だろう。魔物を連れた旅人、しかも女神(?)付き。俺が逆の立場でも不審者認定する。


 とはいえ、ここで拒まれて野宿なんてしたら、スイーツもルナも腹を空かせて機嫌が悪くなる未来しか見えない。


 ならば──やることはひとつだ。


「なあ、ここで一品、料理作らせてくれ。見せてやるよ。俺が何者かってことを」





 俺は森で集めた素材を取り出し、足元に石を組んで即席のかまどをつくる。


 香草と野鳥の肉、それに果実──すべて、ぷよぷよの森の産だ。


「ふふん、ここは私の出番ですねっ!」


 ルナが手を掲げると、小さな炎がぽんっと現れた。神の奇跡というより、火打石の代用品みたいなものだが、それでも着火には便利だ。


「火は任せた。……っと、スイーツ、そこ邪魔」


 ぷにぷにと火のそばに寄っていくスライムをどかしながら、俺は肉を串に刺し、炙り始めた。


 ジューッと焼ける音が響き、香草の香りと脂が焦げる匂いが、じわりと空気に染み渡っていく。


「なんか、うまそうじゃないか……?」


 槍を構えていた青年が、思わず一歩前に出る。


 その背後では、集まってきた村人たちがざわざわと騒ぎ始めていた。


「魔物使いって聞いたけど、料理人……なのか?」

「こんな匂い、久しぶりに嗅いだな」

「腹、減ってきた……」


 焦げ目がついたタイミングで、串焼きに果実のソースを添える。


 仕上げに香草を散らせば──森の即席ロースト・香草添え、完成だ。


「さて、試食タイムだ。そこの兄ちゃん、腹減ってるだろ?」


 俺は、槍を構えて警戒心むき出しの青年に、串を一本差し出した。


 彼は一瞬迷ったが、香りに釣られたようにそれを受け取る。そして、恐る恐る──ぱくり。


 もぐもぐ。


 ……。


 ……もぐもぐもぐ。


「――な、なんだこれ。めちゃくちゃ……うまい!」


 叫んだ。しかも大声で。


 その声を皮切りに、村人たちがぞろぞろと近づいてくる。


「一口ちょうだい!」

「俺にも!」

「子どもにも分けてやってくれ!」


 即席のローストは一瞬で消えた。文字通り、戦場だった。スライムのスイーツも混ざってた気がする。


「うーん、やっぱりリョウさんの料理はすごいですっ!」


「お前はいつもどおり適当だな」





 そして十数分後。


「すまなかったな、疑って」


 さっきの青年が、すっかり打ち解けた顔で頭を下げてきた。


「いや、当然の対応だったさ。こっちこそ、スライム連れて歩いててすまん」


「いやいや、あんな大人しいスライム初めて見たよ。しかも甘党?」


 スイーツがベリーをねだってぴょんぴょん跳ねる姿に、周囲の子どもたちが歓声を上げる。


「村長も歓迎してる。今日はうちの宿屋に泊まってくれ」


「助かる」


「明日、よければ村の“ごちそう係”と一緒に料理してくれないか?」


「面白そうだな。それ、乗った」


 こうして俺は、異世界で初めて“人間の仲間”を得ることになった。


 もちろん、戦ったわけじゃない。ただ、腹を満たしてやっただけ。それが、俺のやり方だ。


「戦わずに仲間を増やす、ですか! さすが我がご主人さまっ!」


「いや、勝手に懐いたのお前だろ……」


 ルナがにへらっと笑い、スライムのスイーツが足元でぷよぷよ跳ねる。


 日が暮れかけた空の下、村の灯りがぽつりぽつりと灯っていた。焚き火の残り香と、満腹の余韻。ようやく腰を下ろせた安心感。


「ま、悪くない始まりだな」


 明日からは、もっと変な素材や、もっと変なモンスターが待ってるかもしれない。けど、それはそれで──楽しみだ。


 料理人としての腕ひとつで、異世界を旅する。


 この“おかしな冒険”は、まだ始まったばかりだ。


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