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第七話

その声は柳の綿毛のようにか細かった。しかし、遥が堕ちていく姿をずっと見守ってきた鈴木、暁、そしてもう一人の三人は、その静けさの裏にどれほどの苦しみが隠されているか分かっていた。理由までは知らなくても、彼女たちは迷うことなく遥の側に立ち続けていた。


「別れてよかったじゃない!」凛は遥の手をぎゅっと握りしめた。「もう洋子さんを傷つけないかって、心配しなくて済むもの。」


薇もすぐに明るく同調した。「そうよ!ロンドンには金髪で青い目のイケメンがいっぱいいるんだから、もっといい人が絶対見つかるって!」と言いながら、遥の腕を軽く揺らす。「今度はビデオ電話してね。テムズ川でハトに餌をあげてるとこ、絶対見せて!」


みんなが思い思いに未来を語る中で、遥の顔にもようやく本当の笑顔が浮かんだ。新しい人生はすぐそこにある。もう泥沼に縛られる必要なんてない。


それから数日、高島光はまるでこの世から消えたかのように姿を見せなかった。遥は全く気にしなかった。


出発前のわずかな時間、彼女はすべての思いを洋子との時間に注いだ。


母娘は銀座のブティックを歩き回り、遥の子供時代から気に入っていた浅草の団子屋を訪れた。洋子は海外生活の注意点を細かく話してくれる。「除湿剤はクローゼットの3段目に入れて、地震用バッグは玄関に置いておくのよ…」といった温かい言葉が、穏やかに流れる時間を彩っていた。


出発まであと5日となったある日、洋子は宏一郎とともに大阪へ出張することになる。家に一人残った遥のもとに、叔母の小早川和子から急な電話が入った。「東京都の新しい規制で、父親が眠る青山霊園を移さなければならない。3日以内に手続きを済ませてほしい」という内容だった。


洋子が高島家に嫁いで以来、親族からの批判は絶えなかった。


遥は自分一人でやり遂げる決意を固めた。すぐに霊園の管理事務所に連絡し、静かな新しい区画の墓地を購入した。


白木の骨壺を抱えて霊園へ向かうと、高島家の門前には光のスポーツカーが止まっていた。


「改葬するって?」光は遥の手首を強く握りしめ、骨がきしむほどだった。「君は僕を恋人だと思ってないのか?君のお父さんは、僕にとっても大切な人だったんだぞ!」彼の目には怒りがあふれていた。「どうして黙ってた?一人でこんなことできるわけないだろ!」


「乗って。僕も一緒に行く。」


その言い方は有無を言わせないもので、「恋人」という言葉が遥の心に鋭く突き刺さった。彼の底知れない瞳を見つめながら、遥は再び迷いの中にいた——これは本心なのか、それともまた仕組まれた芝居なのか?


時間もなかったため、遥は黙って助手席に乗った。


だが車は霊園には向かわず、途中で渋谷へとハンドルを切った。


「もう一人、迎えるから。」光は簡潔にそう言った。


白河夕の姿が街角に現れた瞬間、遥の心は深い闇へと沈んだ。


父親の改葬という大切な場面に、なぜ関係ない人間を連れてくるのか。最後の尊厳すら与えてくれないのか?


問い詰めたい思いが喉まで出かかったが、結局飲み込んだ。遥は冷たい白木の箱を胸に抱き、二人のひそひそ話を背後に感じながら、孤独に霊園を歩いた。


新しい墓地は苔むしていた。僧侶の読経が響く中、遥が骨壺を納めようとしたその時、光の携帯が突然鳴り響いた。


彼は画面を見て眉をひそめ、「ちょっと電話に出る」と言い、木々の陰へと消えた。


遥が一人で準備を進めていると、夕が嘲笑を浮かべて前に立ちふさがった。


「光はこのあと、私と鎌倉に夕日を見に行く約束してるのよ。ここに連れてきたのはそのついで。」彼女は指先で白木の箱を叩いた。「こんなこと……あなた、知らなかったでしょ?」


遥は確かに知らなかったが、気にする様子もない。脇をすり抜けようとした瞬間、夕が急に彼女の腕を掴んだ。


「小早川遥、何を気取ってるの?」


遥が必死に骨壺を守ろうとしたその時、夕の目に冷たい悪意が宿り、いきなり箱を奪い取ると、石灯籠の台座に向かって思い切り投げつけた。


「ガンッ――ガラガラ!」


白木の箱は石段を転がり、ぱっくり割れた。灰色の骨は砂のように流れ落ち、冷たい苔の上に散っていった。


遥の心の糸が、その瞬間ぷつりと切れた。


「お父さん――!」静まり返った霊園に、彼女の絶叫が響き渡った。


遥は正気を失ったように地面に這いつくばり、ばらまかれた骨灰を両手で必死にかき集める。だが一陣の風が吹き抜け、最後に残った灰さえ指の隙間からこぼれ落ち、まばゆい光の中へと消えていった。

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