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第八話

彼女は父の遺灰が風に舞い、跡形もなく消えていくのを呆然と見つめていた。どんなに叫び、すがりついても、その灰は指の隙間から零れ落ちていく——それが父のこの世に残した最後の痕跡だったのに、そのわずかな安らぎすら守れなかった!


込み上げる怒りが、すべての悲しみを焼き尽くす。遥は震える足を懸命に支え、ゆっくりと白河夕のもとへ歩み寄った。全身の力を振り絞り、その頬を打った。


パシン——乾いた音が響き、夕の白い頬が一瞬にして赤く腫れ上がった。


「白河夕!これは私の父なのよ!」遥のかすれた声には血のような涙が混じる。「死者を冒涜して、天罰が下ることを恐れないの?」


夕は頬を押さえ、呆然と立ち尽くす。その視線の端に光が駆け寄ってくるのが映ると、途端に表情を歪めた。悲鳴をあげ、石灯籠の土台から転げ落ちるように倒れ込んだ。


「小早川遥!」光は夕を抱きかかえ、階段の上にいる遥を睨みつける。「一体何をしてるんだ!」


「何をしてるって?」遥は散らばった木片や苔むした地面を指差し、絶望の涙を流しながら叫ぶ。「あなたこそ、彼女が何をしたのか聞くべきよ!」


光がこんな遥の姿を見るのは、初めてだった。


彼女の頬は涙で濡れ、虚ろな目には憎しみの炎が燃えている。その光景に、怒りの言葉は喉で凍りついた。


「光さん…」夕は弱々しくすすり泣きながら、彼のシャツを握りしめる。「箱をうっかり倒しちゃって…風で全部…遥さん、怒って私を突き飛ばして…こんなに血も出たし、これで帳消しに…ならないかな…足が痛くて…」


光は散らばった遺灰に目をやり、背筋に冷たいものを感じた。何か言おうとしたが、口から出たのは「夕は…わざとじゃないんだ…」という言葉だった。


「消えて。」遥はその一言を、最後の力を振り絞るように吐き捨てた。


光が何か言いかけたとき、夕が痛そうにうめいた。「もう動けない…」彼は彼女の膝の傷から血がにじんでいるのを見て、階段の上で人形のように動かない遥を振り返ったが、歯を食いしばり夕を抱き上げてその場を去った。


霊園の職員、守田が無言で白い磁器の壺を差し出す。


遥は震える手で石の隙間に残ったわずかな灰を拾い集め、壺にそっと納めた。


父の新しい墓の前で、深く頭を下げる。


額を冷たい地面につけ、心の中で静かに詫びる——お父さん、娘は目が曇り、狼のような人間を信じてしまった。お父さん、娘は無力で安らぎを守れなかった。お父さん、これから遠い国へ行きます。もう、会いに来ることもできません…


顔を上げると、額には青あざができ、血がにじんでいた。涙と混じった血が頬を伝い落ちる。空にはカラスが鳴き、墓地の上を鋭い声で通り過ぎていった。


夕暮れが迫る中、遥は一人で高島家へ戻った。持ち帰ろうとしていたもの、あるいは捨てようとしていた光に関する品々を、枯山水の庭に運び出す。


「高島光」と書かれた日記帳を火鉢に投げ入れると、炎が少女の想いを一瞬で飲み込んだ。密かな喜びを込めて買ったペアのマグカップ、手作りの陶器、キーホルダーも、一つ一つ可燃ごみ箱に投げ込む。最後に、こっそり撮った横顔や、群衆の中で並ぶ影——大切にしていた写真は、ハサミで細かく切り裂かれ、二度と元には戻らない。


炎の揺らめきが、虚ろな遥の顔を照らしていた。最後の灰が夜風に消えると、彼女は静かに部屋へ戻る。


ドアを閉める音が、階下の玄関の開く音にかき消された。


遥は布団に潜り込み、体を丸める。やがて、ノックの音が静けさを破った。


ドンドン、ドンドンドン。


「遥、開けてくれ。」


「話をさせてくれ。」光の声には、かすかな疲れが滲んでいた。


話を?


遥は目を固く閉じ、枕を涙で濡らす。


自分の気持ちを利用して母親に復讐したかったわけじゃない、とでも説明するの?


夕が父の遺灰を壊した後、あの嘘を信じて犯人をかばったことを?


あの裏切りの瞬間、どんな言葉もむなしいだけだった。

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