高島光は、彼女の瞳に一瞬浮かんだ驚愕を敏感に捉えた。
その血走った疲れ切った目には、濃い影が渦巻いている。
「どうした?俺のこと忘れたのか?丸々一ヶ月だぞ、一通の連絡もよこさなかった……遥、本当に冷たい女だな。」
彼は昔のように軽く振る舞おうとわざとらしく声を作ったが、小早川遥にはその仮面の裏が見えていた。
母親と彼女の前では、いつも気ままな遊び人を演じてきた光。
だが、今隣にいるやつれた顔、狂気を帯びた目の男こそ、本当の高島光だった。
いつも優しさや明るさの下に隠していた暗さや執着、狂気が、今、むき出しになっている。
目の前の、見慣れているはずなのにまったく知らないような姿に、遥はついに耐えきれず、疲れと疑問の入り混じった声で問いかけた。
「どうして、こんなことするの?光……」
「光」という呼び方が、まるで毒針のように、彼の顔に浮かべていた作り笑いを一瞬で壊した。
突然、彼は遥の顎を強く掴んだ。指が白くなるほどの力で、顔の筋肉が引きつっている。
抑えきれない何かが今にもあふれそうだった。
「俺を"兄さん"なんて呼ぶな、小早川遥!」
ほとんど唸るような声で言う。
「今日から、俺はお前の夫だ。グアムに連れていく、すぐに結婚するんだ。前に何度も話しただろ!」
その言葉を聞いて、遥ははっきりと悟った。高島光は完全に壊れてしまったのだと。
彼の顔に浮かぶ狂気と、どうしようもない独占欲。
その異様さに、遥はぞっとして叫んだ。
「絶対に嫌!高島光、私はあなたと結婚なんてしたくない!」
一言一言、冷たくはっきりと、すべてを断ち切るような強さで、車内に響いた。
高島光の目は、その拒絶の言葉で瞬く間に冷え切った。
彼は身を乗り出し、ほとんど鼻先が触れるほど近くで、血走った目で遥を見つめ、ゆっくりと宣言する。
「嫌なんて選択肢はないんだよ、遥。お前は俺だけのものだって、前に言っただろ。」
車のドアが閉まる音が、静寂の中に響く。
高島光は遥を小さな窓のない部屋へ連れていき、重い扉だけがある。
てきぱきと彼女の持ち物――スマホ、鍵、小銭――を全部取り上げると、外へ出た。
「大人しくしてろよ。」
扉越しに響く声は、強い命令口調だ。
「パスポートを取ってくる。すぐ戻るから、それから出発だ。」
鍵の回る音、そして遠ざかる足音。
遥は冷たい壁にもたれ、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめた。痛みで、なんとか気を保つ。
彼女はしゃがみこみ、知っている情報を整理し、逃げ道を探そうとした。
静寂の中、時間だけが過ぎていく。
緊張が極限に達したとき、別の足音が近づいてきた。
ハイヒールのコツコツという音。高島光のものとは明らかに違う。
遥は素早く扉に駆け寄り、必死で叩いた。
「誰かいますか?助けてください!」
足音は扉の前で止まる。遥の胸が高鳴る。
だが、聞こえてきた声は、彼女を一気に絶望させた。
「小早川遥。」
淡々とした、冷たい探るような声――白河夕だった。
墓地で別れて以来、もう会うことはないと思っていた高島光の元婚約者。
彼女がここに来たということは、光の後を追ってきたのだろう。
婚約が解消されたのに、なぜまだ執着しているのか。
遥にはそれ以外に理由が思いつかなかった。
だが、その執着こそが、今の遥にとって唯一の望みだった。
深呼吸して、思考をまとめなおす。
「グアム……」遥の声には明らかな拒絶がにじむ。
「彼は私を連れて行って結婚するって。でも、私は嫌なの。」
扉の外から、短い嘲笑が返ってくる。
「結婚?本当に頭がおかしいわね。」
白河夕はあざけるように続けた。
「あなた、彼のこと好きだったんじゃないの?どうして今さら嫌だなんて言うの?」
相手が食いついたのを見て、遥は用意していた言葉を投げかける。
「彼が私と一緒にいるのは、母に復讐するためだったって知ったからよ。真実を知ってから、私は彼と別れてやり直すって決めた。イギリスに来たのは留学もあるけど、実は婚約者がいるの。今月末には正式に婚約するし、母も来る予定。高島光のせいで、これ以上人生を台無しにされたくない。」
外は静まり返った。遥には、自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。
時間がゆっくり流れる。
焦りを抑え、遥はもう一度声をかけた。
「あなたも高島光と婚約解消したんでしょう?彼は危険よ、あなたも巻き込まれない方がいい……私みたいになりたくないでしょう?」
「黙れ!」
白河夕の声が突然鋭くなり、怒りをあらわにする。
「私と光のことに、部外者が口を出すな!彼が嫌いなら、さっさと消えなさい。二度と近づかないで!」
それこそが、遥の狙いだった。
すかさず、必死な声で頼み込む。
「私だって出ていきたい!でも、パスポートを取りに行ってて、戻ったら無理やり連れていかれてしまう。お願い、私の婚約者に連絡して!今日だけ助けてくれれば、もう二度と高島光の前には現れないから!」
静寂が戻るが、遥の胸の鼓動はさっきより落ち着いていた。
きっと白河夕は動いてくれる――そんな予感があった。
案の定、短い沈黙の後、白河夕が冷たい声で言った。
「番号を教えて。」