夕刻が過ぎ、スィルトホラの防塁門が閉ざされる時刻。肩で息をしながら、えっちらおっちらと駆け戻ってきたシュトラの姿に、昨日も夜勤だった兵士たちは目を丸くし、急ぎ通用門を開いた。
スィルトホラとケノフォラの間を一日で往復しようと思えば、馬を使い潰しながら各地で買い継ぐ必要があり、莫大な費用がかかってしまう。さらに、道中で馬が倒れれば、そこから近隣の町までは自力で進まねばならず、到底割に合うものではない。
「よく……戻られましたね」
「仕事……だから、ね……。身分証明……いる?」
「時間が空いていませんので大丈夫です。……馬車でもご用意しましょうか?」
「大丈夫……。ちょっと、水が欲しいかも」
兵士が差し出した水を、シュトラはちびちびと啄むように飲み、急激に身体を止めぬように通用門前をゆっくりと歩きながら呼吸を整えていく。
「はぁ〜、疲れたぁ。この仕事、二度とやりたくないかも」
「我々は一度でもご勘弁願いたいですがね……」
「お水ありがと。あとちょっとだから、ひとっ走りで終わらせちゃうよ!」
「頑張ってください、魔女さん」
「うんっ!じゃあねー!」
ひょいっと軽やかに跳ねたシュトラは、再び勢いよく加速して、大通りを風のように駆け抜けていった。
―――
へとへとのシュトラが炭窯亭付近まで戻ると、守護騎士の制服に身を包んだキニガスが馬に跨って現れ、大急ぎで馬から飛び降りた。
「シュトラ様!?もう戻られたのですか!?」
「ほぼ最速だよ〜……ふふん、迅速の魔女シュトラ・シュッツシュラインの実力を見たかね」
「もしかしてっ!?」
背負いカバンを開き、ドレスバッグを取り出すと、キニガスは目を丸くしてそれを受け取り、中に収められた豪奢なドレスに目を奪われた。
「これ、受領証。サインして送り返しといて……。ふぁ……眠いし、お腹すいた〜」
一仕事終えたシュトラはそのまま炭窯亭へ入り、まっすぐ食堂へと向かう。
「しゅ、シュトラ様!ありがとうございます!!」
「あたしは依頼された仕事をしただけだよ。必要があったら、またよろしくね」
「はい!あっ、それと……こちらを、もしよければ」
キニガスが懐から差し出したのは、品の良い紙に印刷された招待状だった。
「これって?」
「明後日行われる、スィルトホラ領守護騎士の祈願舞の招待状です。急なご依頼を快く引き受けていただいた感謝の気持ちとして、お渡しできればと思いまして」
「へぇ〜。じゃあ、もらっとこうかな。どこでやるの?」
「スィルトホラ領競技場です。祈願舞の後には馬球の試合もありますので、きっとお楽しみいただけるかと!」
「ありがと。……あ、そうだそうだ。服飾店の職人さんたちがね、『遅れてごめんなさい。でも、最高の逸品を仕立てました』って言ってたよ」
(あんな笑顔を見られるなら、結婚も悪くないかも。いい人に出会えたら!)
にへっと笑いながら、シュトラは食堂へ入っていき、料理を注文した。
「ジンジャージュースってある?」