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第3話 木炭の絵 ②

▼▼▼


 とある魔女が街を歩いていると、屋根の上でキャンバスに筆を走らせる男を見つけた。

(絵描きさんかな?)

 屋根に登るはしごを見つけた魔女は、落ちないように気をつけながら登れば、男が気が付き首を傾げた。

「おや?迷子…ではありませんよね。羽人族オルニの魔女さんですし」

「私も絵を描くから興味があってね。どんな絵を描いているかなって見に来たんだ、邪魔なら降りるけど」

「興味を持っていただけたのなら、絵描き冥利に尽きるもの…と言いたいのですが。…絵は趣味程度のものでして、誇れるものは描けていないのです」

「そうなんだ。でも私も趣味だし、同じ絵描き趣味同士で仲良くしようよ」

「光栄です」

 男は目尻に皺を寄せ、屋根上の絵描き場を小綺麗に片付ける。

 キャンバスに描かれていたそれは、輪郭の強調されていない、降り注ぐ光が強調された少々変わった画風の絵画で、魔女は興味深そうに眺めていた。

「いやぁ、変な絵でしょう?興味を持って登ってきた人、皆一様に言うのです。『こんなのを描いているのか』『お前は目が悪いのか』と」

「目が悪いわけじゃないの?」

「目の良さは小さな自慢ですよ、はははっ!」

 遠くの看板の文字を言い当てて、男は誇らし気に胸を張った。

「変わってるけどさ、あたしはいい絵だと思うよ。降り注ぐ光が神秘的で、曖昧さがありながらもしっかりと景色は捉えてる。…ちょっとパースが崩れてるかもしれないけど」

「…。」

 魔女の感想を聞いた男は、意外そうな表情を露わにしながら自身の絵画を改めて観察する。

 彼女の指摘する通り、僅かなパースの狂いが見て取れ、描いていた時の違和感を自覚出来た。

「なにもさ、写実的なのが全てじゃないんだ。絵を好きに描こうよ」

 笑う魔女の横顔に、男は胸がすく思いをした。

「私は写実的な絵ばっかり描いてるんだけどね」

「ははっ、そうでしたか。いつか拝見したいものです」

「えへへ、ちょうど持ってるんだ」


▲▲▲


 屋根に登ったシュトラは、画板と真新しい木炭紙、木炭、そして柔らかいパンを一つちぎって丸めて、絵を描き始めた。さらさらと、まるで迷いのない筆運びで、今にも踊り出しそうな人々が描かれてゆき、周囲の建物も加えられていく。

(あっ、共巣フォリャの子たちだ)

 大通りでは、両腕から長い風切羽根を持つ羽人族が何人か踊っていた。彼らは屋根の上で絵を描くシュトラに気づくと、軽く頭を垂れた。

 共巣の飾証をつけていなくとも、ヘルソマルガリティアに住まう羽人族であれば、魔女たちの存在はよく知っているのだろう。シュトラが手を振ると、彼らは嬉しそうに笑みを浮かべた。

(けっこう遊びに来たりしてるんだなぁ。長く共巣の魔女やってるのに、あまり知らないや)


 ヘルソマルガリティア。

 豊かな入海を抱く土地、『理の魔女』が統治する自治地域。

 今しがた頭を垂れたのは、カラウスの羽人族たち。

 シュトラは木炭画の端をパンで軽く消し、代わりに羽人族たちを描き加える。そして、夕暮れの鐘が鳴るのを合図に、完成とした。


 紙の裏にチョークで魔法陣を描き、乾燥した羽を添え、歌声で緩衝の魔法をかける。それを画材カバンに収めると、シュトラは梯子を降りて大衆食堂『アオボシ』に顔を出した。

「屋根、ありがとー」

「どういたしまして。観覧料もありがとねー」

「どいたまー」

 退店しかけた時に、女給が声をかけてきた。

「あっ、ちょっと待って」

「なに?」

「どんな絵を描いたのか、見せてほしくってね」

「そういうことね、いいよ。えっと……」

 画材カバンから取り出した木炭画は、緩衝の魔法のおかげで他の絵と擦れもなく、綺麗なままだった。女給に渡すと、彼女は目を見張った。

「……すごく精巧な絵だね。お嬢さん、絵で食べてるの?」

「ううん、私は魔女だから、絵は趣味だよ。忘れっぽいから、どこに行ったか記録してるのだけだよ」

「…難儀だね」

「そうでもないよ。こうやって形にも残るし」

「そうかい。…しかし可愛らしい魔女さんもいるんだね。もっとこう、おっかないものだと思ってた」

「共巣は閉鎖的だから、そう思われるのも無理ないよね。あたしの絵、気に入ったならあげるよ?」

「えっ、いいの?……父ちゃんの絵を気に入ってくれた画家さんの絵だから、ちょっと気に入っちゃってね」

「じゃあ置いてくね。雑でもいいから飾ってくれたら嬉しいな」

「ありがとさん。いつでも食べに来てよ、割引してあげるからさ、魔女の画家さん」

 ひらひらと四本指を揺らしたシュトラは、アオボシを後にし、スィルトホラの雑踏へと消えていった。

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