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第4話 ストラル ①

 祈願舞の日。

 シュトラは招待状を手に競技場方面へとのんびりと人混みを歩いていた。

 舞踏祭の主たる催しであるためスィルトホラ領の貴族を中心に多くの来客が足を運んで、人と馬車の大渋滞となっている。

(炭窯亭の人たちの言葉に甘えて、ご一緒した方が良かったかも。遅れる事はなさそうだけど)

「前見て歩け!」

「あ、ごめん」

 通行人とぶつかって謝るも、小柄なシュトラを目に相手は子供だと思ったのだろう、舌打ちしてから人波に揉まれていく。遅々とした進みに苛立ちを覚えていたのか、似たような人は少なからず見受けられる。

 舌打ちをされた本人は気にする風も見せず、出店屋台を見物しながら歩いていく。

「これ、ドンクワ?」

「そうだよ、買ってくかいお嬢さん?」

「うん!二袋ちょうだいよ!」

「二袋なんて太っ腹だな、ちとオマケしてやるよ!」

「ありがとー」

 シュトラの好物とする生姜。エヴィリオニ王国以南の雨季と乾季に分かれた熱帯地域で多く栽培されて親しまれている香辛料で、料理や茶、ドンクワというクッキーにもジンジャーパウダーとして使用されている。

「ジンジャーブレッドケーキを売ってる出店知らない?探してるんだけど」

「ジンジャーブレッドかー…、確か…暫く戻った場所にあった筈だが、今から行くと祈願舞には間に合わなくなるんじゃないか?」

「見落としちゃったのね」

(人混みを避けて走れば間に合いそうだけど、)

「帰りに買おっと。ありがとね、小父さん」

「おうよ。じゃあな鳥の嬢ちゃん」

 共巣の飾証がないシュトラは羽人族オルニサントロポスの若者にしか認識されていないようで、普段と違った対応に口端を上げた。

(あんまりこういう事しているとクーヴァに叱られちゃうから控えないとね!魔女としての自覚がーってね)

 適当な場所で飲み物も購入し、舞踏祭を楽しんでいる感が溢れ出ているシュトラは競技場の入場受付へと辿り着き、招待状を掲示することで長蛇の列を回避して場内へ案内される。

 キニガスは守護騎士の一員であり、守護騎士が用意した招待状持ちは貴賓扱いなので、身分の証明さえできれば一般客とは異なった対応をされるのだ。

 貴賓対応の後を追っていけば、レマタキス爵士家と炭窯亭の支配人たちが既に席へ着いており、シュトラの登場を確認すると一斉に立ち上がっては慇懃な礼をした。

「ようこそお越しくださいました、迅速の魔女様。私はレマタキスの父、―――」

 レマタキスの両親、昨日にレマタキスと結婚をした妻、炭窯亭の支配人とその妻の計五人が順々に自己紹介をする。

「飾証は着用してないけど、“羽と鱗の共巣フォリャ・トン・セイリノン”に所属する迅速の魔女シュトラ・シュッツシュライン、よろしくね」

 カラウスの貴族へも謙ることのないケロッとした態度は、人によっては不快に感じるかもしれないが、この場にいる一同は恩義を感じる立場、そして共巣の魔女という存在をある程度正しく認識しているため、態度を窘めるようなことをせず受け入れた。

「先日は我が息子夫婦の為に尽力して頂きありがとうございました。スィルトホラ内にて何かお困りのことが有りましたら、我々一同が全力で協力いたしますので是非お声掛け下さいませ」

「仕事で請け負っただけだからそこまでしてくれなくてもいいよー。…、この招待状を貰ったお陰で祈願舞を近くで観覧できるし、気楽に付き合お、共巣とスィルトホラの友人としてさ」

「はっはっは!そうですか!ではお言葉に甘えまして、祈願舞を楽しみましょうか、迅速の魔女殿」

 レマタキス爵士は哄笑しシュトラに席を勧めてから、椅子に腰を下ろして競技場へと視線を向ける。


「迅速の魔女殿は祈願舞へ足を運んだことがお有りで?」

「初めてかな。夏場は東方諸国が賑わうから、そっちでの仕事をすることが多くてね」

「となるとこのあたりは冬季に?」

「そうなるね。だから夏場のスィルトホラは縁遠くってさ」

「ははっ、では目を凝らして観覧くださいませ、再び足を運びたくなる舞踏を披露してくれますぞ」

「招待状をくれたキニガスさんにはお礼を言わないと」

 ドンクワを食みながら開始を待っていると、守護騎士隊の騎士たちが楽し気な音楽を奏でながら行進を開始。一糸乱れぬ動きで定められた陣形に並び立つと、一旦演奏を終えてから会場へ一礼し、今度は軍歌を奏で始めた。

 ザッザッザッザッ、と大地を踏み締める蹄音を響かせ、入場し始めたのは式典用の正装に身を包んだ守護騎士隊の花形。各々馬に跨りスィルトホラ領の領旗を担いでおり、観客から黄色い声援が上がる。

 声を上げる女性陣のお目当ては、先頭を進む鋼鉄の副隊長レオニス。昨日とは異なりメガネは着用しておらず、誰が見ても美形だと分かるその相貌に頬を赤らめない女性はいない。

 いや、シュトラは小さく首を傾げてから、髪飾りに手を当てると僅かな記憶のいとぐちを掴む。

(いたた…、あの人は確か…)

「先頭の騎士ってレオニスさん?」

 突発的な頭と首の痛みに襲われたシュトラは、失っていた記憶を掘り起こし、男との時間を浚った。

「ご存じでしたか。そうですとも、彼は守護騎士隊の副隊長レオニス・スィルトホレオス様です。本催しに足を運んだ殆どの女性は彼を一目見るために足を運んだと言っても過言ではありません。あっ、四列目にいるのが息子のキニガスですね、はっはっは!緊張が見て取れますな!」

 賑やかな爵士を横目にシュトラはレオニスへ手を振るも、僅かに眉が動いた程度で反応はない。

(気付いてもらえたかな)

(シュトラさん!?あの席は…隣にいるのはレマタキスのご家族、先日の招待状は彼女を。…後で詳しいことを聞いてみたい)

 動揺こそしたものの、鋼鉄なんて揶揄される騎士だ。平静を保ったまま行進を続けて所定の位置についた。

(集中集中。…、)

 祈願舞を行う守護騎士たちが競技場の中心で陣形を組むと、演奏の楽曲が切り替わり、一人の遅れも見られない綺麗な旗捌きで騎馬演舞を繰り広げる。

 馬を静止したままの一曲目が終わると、お次は馬も加わった走馬演舞。

 鞍から腰を離し、あぶみに立った状態で馬を操り、競技場を走りながら旗を翻して駆ける、爽快な一幕。

 特に全員が旗を中央へ向けて、一つの円になって走る姿は感嘆の息を漏らすほかない。馬間距離が非常に狭く、一つ間違えば大事故になりかねない二曲目を終えると次は緩やかな音楽に合わせた上品な馬の舞踏。

 馬を休ませるという意味合いもあるのだろうが、まるで集団舞踊を観覧しに来たかのようにも錯覚させるそれは、騎士と馬との緻密な連携が生み出す極上の舞。

 開始位置に騎士たちが戻ると会場からは拍手が沸き起こり、シュトラも合わせて拍手を行ってからレオニスへ大きく手を振った。

「そろそろ私の出番ですねっ」

 ふふん、と息巻いて立ち上がったのはキニガスの妻。

 シュトラが首を傾げるとお茶目にウィンクをして。

「祈願舞をした守護騎士の、意中の女性や敬う女性を馬に乗せるのが習わしなんですの。つまりキニガスの妻である私が――」

 という説明を終える前に馬に跨ったキニガスが一直線に駆け寄ってきては馬を寄せ、奥さんが横座りに彼の前へと乗る。

「お越しいただき有難う御座います。まだ一曲ありますので、お楽しみ下さい!」

「うん、わかったよ!」

 呑気に返事をしてレオニスの方へ視線を投げると、彼は一歩も動かずその場に留まっており、会場からは疑問交じりの目が向けられる。

「レオニスさんは誰も乗せないの?」

「普段は母君を乗せているのですが、今年はどうしたのでしょうかね?」

 他の全員が開始位置に戻るとレオニスをゆったりと馬を進ませて。

(急な申し入れ、受け入れてもらえるだろうか…)

 シュトラの前に辿り着く。

「私の手を、取っていただけますか?シュトラ・シュッツシュライン嬢」

「あたし?」

「はい」

 会場から一身に向けられる視線。

 …だが、そんなものは意に介することもなく、シュトラは満面の笑みで立ち上がり、レオニスに支えられる形で彼の前に横乗りする。

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