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第4話 ストラル ②

 「アレは誰だ」と言葉が漏れて、「見たことがある」「共巣の魔女だ」と返答が伝播する。

 嫉妬の感情が向けられかけたが、「いつだか忘れたけど、あの魔女さんに助けられた」という情報が囁かれて、トゲのある感情を和らげる綿毛となった。

「すまないね、急に」

「何が?」

「大体は事前に馬に乗ってくれるかどうかを尋ねておくのが習わしなんだ」

「暗黙の了解ってやつだね」

「まあね」

「なら問題ないよ、きっと」

 呑気な二人は居住まいを正して最前列へと戻り、全観客の視線を集めて見せ、楽団の演奏を待つ。

 雷を連れ添った集中豪雨を思わせる激しい演奏が始められると、騎士と女性たちの乗る馬は騎乗者を振り落とさんばかりに暴れる演技をし、騎士たちは女性を落とさないよう抱きかかえながら領旗を高く掲げて振り回す。

 これは試練の楽章。雷の神アイストリオンの娘を娶ろうとした遊牧の王子ノマイディスが、一晩の間その娘を落とすことなく雷の神から逃げ切れれば婚姻を許されるという神話の一端に由来し、落馬せずに走りきることが目的となっている。…まあ女性の安全を考慮して、馬の演技もそこまで荒ぶる動きにはなっていないのだが、観客からすれば見ごたえのある演舞となっている。

「お、おおっ。すごい揺れるっ」

「捕まってて。僕の方でもしっかりと抱えている心算だけど、片手では限度があるから」

「うんっ」

(誘って良かった。これは約得)

 懐にすっぽりと収まるシュトラを落とさぬよう、必死に今まで訓練を積んだ舞いを全うする。

 次第に曲調は穏やかに、過ぎ去った嵐の後に訪れる麗らかな日々を奏でるものへと変わっていき、一同は競技場の中央へ集まって観客へ一礼をした。

 割れんばかりの拍手の中、守護騎士の妻や恋人といった女性たちは守護騎士の頬へとキスを贈り、シュトラも僅かに考えてからレオニスの頬に唇を触れさせる。

「~っ!?」

(これでいいのかな?…騎士のレオニスさんって表情わからないなぁ)

 強張ったレオニス、そして会場から湧き上がる悲鳴めいた声と、今年は波乱の舞踏祭である。


「この後には馬球もあるし楽しんでいってよ」

「うん。馬に乗るのは初めてだし楽しかったよ、ありがと」

「どういたしまして」

 裏手へと引っ込み、シュトラを下ろしたレオニスはどぎまぎする心を落ちつかせ、愛馬を預けるのだが。

「わわっ!?」

「こらこら、シュトラさんに絡まない」

 レオニスの愛馬はシュトラに顔を近づけると、羽毛の生えた腕を唇でハムハムと甘噛をし、「ふひん」と鳴いた。

「すまないね。人懐っこい馬なんだよ」

「そうなんだ。よしよし、お疲れ様、カッコいい走りだったよ」

 甘え盛りな馬を撫で可愛がると、馬丁が急ぎやってきて回収する。

「またねー」

「涎で汚れて…本当にすまない。このハンカチを使って」

 といいながら、レオニスは甲斐甲斐しくシュトラの羽毛から涎を拭き取って綺麗に整える。

「その…、シュトラさんはレマタキス家とご一緒しているみたいだけど、この後の馬球は一緒に観戦しないかい?」

「席って変えちゃっていいの?」

「祈願舞に参加した守護騎士とそのお相手にはよくあることだよ」

「それじゃあキニガスさんのご家族に連絡しないと」

「それなら問題ない。レマタキス」

「はいっ!」

「シュトラさんを借りるとご家族に言伝を頼むよ、一通り終わった後でも構わないから」

「お任せ下さい、レヴェンス副隊長!」

 親族でもなければ守護騎士に呼ばれた女性は、その後守護騎士と時間を過ごすことが殆どなので、レマタキス家の面々も不思議とは思わないだろう。

「それではお手を。シュトラさん」

「えへ、よろしくね。レオニスさん」

 魔女ではなくシュトラ。守護騎士の副隊長ではなくレヴェンス。二人は手を取り会場へと戻っていく。

「二人が恋仲だったなんて意外だ」

「なんでレマタキス家の招待状から参加したのでしょうね?」

「言われてみれば。…なんでだろう?」

「もしかしたら応援のしがいがある関係、かもしれませんよ?」

「なるほど!あの副隊長がねぇ」

 二人は微笑ましく思いながら、二人を目で追った。


 騎士隊や貴族、観客たちは二人の関係を気にしつつも、余計な詮索をするのは礼儀を欠くため悶々とした感情を孕ませながら、馬球の観戦を行っていた。

 馬球。杖を携え馬に跨った騎手たちが、杖で球を打ち、相手のゴールへ入れることで点数が加算されるスポーツ。選手一人一人が数頭の馬を必要とする為、貴族階級の娯楽として古くから楽しまれていたのだが、近年は観戦興行として大衆から人気を博している。

「騎士の人たちも参加してるんだ」

「馬を操ることに長けているからね。守護騎士たちで組んだチームはだいたい強豪だよ」

「レオニスさんは参加しないの?」

 祈願舞の技術を見れば馬球も上手いのだろうと察せられる故、シュトラが問うと。

「そうだ!レオニス、何故お前は今回観戦席にいる!」

 瞳を釣り上げ怒りを露わにした表情に選手が馬に跨って接近する。

「ティグロン。やはり来てしまいましたか」

「当たり前だあろう!!俺は昨年、貴様に負けたままなのだ!!」

 吠える男ティグルトは野性味のある金の髪を肩まで伸ばした大男。対してレオニスはやや呆れたように、疲労感を露わにしながら相手にする。

「通算で4勝4敗1分なのですから、もういいではありませんか。もし今回、僕が勝ったら君が勝ち越すまで、来年再来年と挑んでくるだろうに」

(露骨にめんどくさそうにしているレオニスさんだ)

「…ふっ、そういうことであれば!!」

「うぇえ!?」

 身を乗り出したティグロンは、シュトラの手を引き小脇に抱えて誘拐した。

「この鳥女が欲しくば馬球に参加すると良い、勝っても負けても返してやろう!!かっはっはっは!!」

「……。はぁ…、馬たちと道具の準備を頼むよ」 

(スィルトホラで羽人族を鳥女とは、…全く)

 レオニスは前髪を掻き上げ、奉納舞用の正装を脱ぎ捨てた。

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