「あの、なんとかさん」
「俺はティグロンだ!」
「えっとね、礼儀知らずのなんとかさん。あたしは
ティグロンチームの待機席に座らされたシュトラは、ポケットから“
「共巣の魔女ォ?んなわけねえだろ、何度か見たことあるが空を飛ぶ翼を持ってるはずだ。そんな見窄らしい腕で、魔女だなんて笑わせるな。偽物だって裁かれるんじゃないか?」
「海を泳ぐ尾びれの魔女もいるし、あたしなんて…」
喉から出掛かった言葉を飲み込んでティグロンを睨めつけるも、彼の視線は既にシュトラになく対戦相手であるレオニスへ向けられていた。
シュトラがつまらなそうに待機席に置かれている荷物を物色していると、ティグロン・イファネアスという本名を確認し、エヴィリオニ王国イファノニ領の御子息だと察する。
(場合によっては報告しないとなぁ…)
「ただの勝利ではティグロンが再び顔を出すのが自明の理。私としては面倒なので、完膚無きまでに叩きのめす!!」
「「はっ!」」
シュトラを取られ腹を立てているレオニスに、騎士たちは敬礼し、ティグロンチームへと視線を向けた。
(副団長を怒らせるなんて…)
(イファノニ領の方々、強いんですよねぇ…)
(折角、シュトラさんと観戦しようと思っていたのに。全く…)
急遽の試合に運営は揉めていたのだが、ようやく話がついて審判が姿を現す。
それと同時にシュトラが立ち上がって、勢いよく息を吸い。
「レオニスさん!!頑張ってーー!!!」
大声で応援をした。
すると会場からも彼を応援する声援が上がり始め、試合が開始された。
基本は3対3。1試合は
コン、と音を立ててボールを弾いたのはレオニスで、これを皮切りに六人六頭が一斉に動き出す。
双方共に馬を自身の足の如く自在に操っては、競技場を転がるボールを追いかけては杖で打ち相手のゴールへと押し込んでいこうとするのだが、ティグロンはレオニスの軌道に割り込まんとする勢いで接近しボールを掻っ攫う。
「ティグロン!」
「かっかするなよレオニス、今のは違反では無いはずだぞ?」
「こういった行いは馬に対する非礼だ!」
ボールを後方へと弾き飛ばしたティグロンは馬を急激に回頭させて駆け出すのだが、レオニスも負けじと喰らいつく。
「ゴール!!」
然しながらティグロンチームが綺麗に相手をすり抜けてボールを押し込んでしまったのである。
「腕が落ちたか?いや落ちているな!!」
「…。ふぅ…」
髪を掻き上げ息を吐き出したレオニスは、囚われの…いや、囚われているわけではない、全力で応援してくれているシュトラへ視線を向けて馬を駆る。
「さあ5試合目!否が応でも、これで最後!レオニス選手は勝利を飾り、捕らわれの姫を助けることはできるのか!?」
お互いに2得点、拮抗し白熱した
先の第4試合で最終ゴールを決めたのはレオニスであったため、開始のボールはティグロンが打つ。
カコン!今までの4試合で幾度となく聞いた杖がボールを弾く音と共に蹄音が響き渡り全員が動き出す。
(圧勝して第三試合までに終わらせる予定が…、だが)
ティグロンチームの走る馬の軌道を予測し、前方へ割り込まないよう並走しつつボールを反対に打ち返せる線を選んで馬を駆り、チームメイトに杖先で指示を出していく。
守護騎士の二人が先導しレオニスが駆け抜けられるだけの道作りを行い、…送り出す。
「取らせるかよ!!」
「もう、取った!」
「なに!?」
「勝負をしているのは、僕達だけじゃないと理解したほうがいい」
レオニスはティグロンチームの回頭を妨害するため、規定範囲内の幅寄せを行っては試合の命運をチームメイトに託した。
チームメイトの一人が抜けていくのだが、時既に遅し。審判のゴール宣言と共に会場が湧き上がった。
これが決定打となり、レオニスチームの勝利となった。
会場からの声援を身に浴びることもなく、レオニスは一直線にシュトラの許へと向かって。
「シュトラさんっ!」
「おめでと」
緊張感のない、屈託ない笑みを浮かべたシュトラは、馬を降りたレオニスに抱きかかえられ鞍へと載せられ、その後ろに彼も跨る。
「レオニス副隊長は!囚われの姫、…え、はい。囚われの魔女シュトラ・シュッツシュラインを救出してみせた!!皆様!双方のチームを称えご起立と拍手を!!!」
観客たちは拍手を惜しまず、手に汗握る試合を讃えるのであった。
「初めまして迅速の魔女様、いえ『理の魔女』第16座シュトラ・シュッツシュライン様。私はリカニス・スィルトホレオス、次期スィルトホラ辺境伯にしてレオニスの兄をしております」
レオニスによく似た、穏やかそうなリカニスは、観戦席に腰掛けるシュトラを前に跪き礼を尽くす。
「初めまして、リカニスさん。色々と物知りみたいだね」
目を細めたシュトラは茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた後、共巣流の『理の魔女』としての礼儀作法で返す。
「『理の魔女』というと“羽と鱗の共巣”を治める魔女の集団、だよね」
「うん。あたしはおまけみたいなものだけどね、ヘルソマルガリティア周辺諸国を周ることで情勢を集め、報告してるの」
「…。間諜をしているのを、話してしまって良かったのかい?」
「『理の魔女』って知ってたらもう答えだし?」
「ゆるいなぁ…」
(然し、『理の魔女』だったなんて。とんでもない相手に、惚れてしまったね)
可愛らしいシュトラへ微笑みを向ければ、天真爛漫な笑顔が咲く。