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第4話 ストラル ④

「次は負けんぞ!来年を楽しみにしているといい!!」

 滴る汗を輝かせ、一人満足したティグロンはレオニスに再びの宣戦布告を行う。

「わざと負けるべきだったかな」

「ふん。お前がそんな真似するわけなかろう!」

「まあ…いい。来年も挑戦を受けるよ、然し粗暴な試合運びは避けるように。違反スレスレのプレイで馬を失ないような行いは褒められたものではない」

「どうにも熱が入ってしまうと、ついな!はっはっは!」

 完全に熱の落ち着いたティグロンは、少しばかりバツの悪そうな表情を露わにシュトラへ向き直る。

「いやぁ、済まなかったな嬢ちゃん」

「別にいいよ、許したげる」

「寛大な心、痛み入るよ。…ところで魔女ってのはマジ」

「マジマジ。あたしは許すんだけど、噂が伝播して共巣まで届いちゃったらイファノニ領に警告が届くかもしれないから、それだけは覚悟しといてね」

「…心得た」

「それじゃあたしとティグロンさんとのわだかまりはなくなったということでー」

 シュトラは気にした風もなく試合に視線を戻した。

(この魔女殿、寛大というか関心がないのだろうか?……何にせよ、暫くは大人しくしてないとな)

 スィルトホレオス家の邪魔にならないようティグロンは撤退する。

「ティグロン、またな」

「おう!次は勝ってやる!」


 周囲の歓声に自身の声を紛れさせたリカニスは、レオニスに耳打ちをする。

(こらレオニス、彼女が君の意中のお相手なのだろう?今晩の舞踏会に誘ったり、次の逢瀬の予定を決めたりしないか。…この機を逃したら再び会える保証はないのだよ?)

(いいのですか?相手は『理の魔女』なのですよね?)

(大変な相手ではあるけれど、弟の幸福を願っているのだから尽力はするさ)

 リカニスはレオニスの背中を小突いて、一歩を踏み出させる。

「シュトラさん」

「なに?」

「今晩の予定をお聞きしても?」

「特になにもないけど。街に出て一緒に踊る?」

「それも魅力的なんだけど、今晩にスィルトホレオス家で行われる舞踏会に参加してほしいと思ってね。…どうだろうか?」

「そういう予定で来てないから、ドレスを持ってないんだけど借りられたりできるかな?」

「こちらで準備するよ」

「なら参加しよっかな。レオニスさんが…えっと、エスコートっていうのしてくれるんでしょ?」

「勿論。では手配をさせておくから、この馬球が終わったら一緒に屋敷へ向かおうか」

「お誘いありがとうございます、レオニス様」

「お受け頂き光栄の極みにございます、シュトラ様」

「「ふふっ」」

 ゆるい空気感の二人のため、リカニスは指示を出してシュトラのドレスを準備させるべく伝令を走らせた。

(『理の魔女』第16座、迅速の魔女シュトラ・シュッツシュライン、…お隣がそう易々と手放すとは思えないけれども)


 競技場での観覧を一通り終え、スィルトホレオス家のお屋敷へ足を運んだシュトラは、女性使用人総出で彼女の世話に奔走し鐘一つ掛けて可憐なお嬢様を作り上げた。

 普段はポニーテールの暗い青髪はゆったりとしたウェーブヘアになり、可愛らしい顔立ちは薄めの化粧を施して素材を活かす調理に。

 ドレスは、やや少女然とした意匠ながら、レオニスの隣に立っても浮くことのない、すみれ色をした落ち着きのあるものであった。

 脚周りに関しては二本指の鳥脚ということもあり、純人族用の履物しか用意できなかった都合上そのままのようだ。…シュトラの身体に合うドレスを僅かな時間で用意できた事が驚きであるが。

「おぉー、馬子にも衣装ってやつだ」

 姿見の前でくるりと回れば、どこに出しても問題ない可愛らしいお嬢さんだ。

「魔女様なのですから、そういった諺は間違っていますよ」

「自由奔放な駄鳥の魔女、なんて言われてるから間違ってないよ」

「カラウスを助けてくれる立派な魔女様だと窺っていますので、自信を持ってください」

 世話をしてくれたスィルトホレオス家の使用人の言葉には嘘偽りがなく、心の底から出てきた純粋な言葉なのだろう。謙遜のしすぎは相手への失礼だと言葉を受け入れ、シュトラは部屋を後にする。


 部屋を出るとレオニスが壁に凭れ掛かって待っており、綺麗に着飾ったシュトラに目を丸くし、頬を上気させた。

「レオニスさん格好良いねっ!さっきの奉納舞の騎士姿も凛々しくて良かったけど、今のは宝石みたいな輝きだよ」

「え、ああ、ありがとう。シュトラさんは春先に見かける可愛らしい花のようだ、とても綺麗で目が離せなくなってしまう」

 やや緊張した風のレオニスだが、甘い言葉と笑みをシュトラへ向けている。

「ありがとっ」

 そんな彼女は、一度その場でくるりと回ってから、羽毛の生えた両腕をバサバサと動かし、独特とステップで風変わりなダンスを披露し、自信満々な表情でレオニスへ向き直った。

「どう?」

「…、可愛らしいダンスだね。ヘルソマルガリティアで行われているものかな?」

 エヴィリオニのダンス様式とは全く異なるのだが、小柄なシュトラが行うと非常に可愛らしく、レオニスは相好を崩しながら眺めていた。

「そう、ストラル。大昔に『始まりの魔女』が羽人族オルニに教えたっていう、南方の伝統的な踊りなんだって」

「南方。始まりの魔女にはあまり詳しくないけど、南方の魔女なんだね?」

「みたい。大昔の魔女だから記録もほとんど無い、不思議な魔女なんだ」

(魔女文化に対する理解を深めるためにも、始まりの魔女は調べたほうが良さそうだ。信仰に関連するものかもしれないし)

「今度教えてもらえるかな?シュトラさんを含め、魔女のことは知っておきたくて。お隣だし」

「いいよ!」

 小さな約束を取り付けたレオニスは、満足げにシュトラへ手を伸ばし、会場までエスコートをする。


 シュトラとレオニスが舞踏会の会場へと足を踏み入れると、会場からどよめきが上がるのだが、本人たちは気にする風もなく。

 品の良い香が鼻腔を擽り、燭台の柔らかな灯りが会場を照らす。耳心地の良い音楽は、ゆったりとしたダンスに丁度よく、歓談の邪魔をすることもない。

「格式張った踊り方なんて気にせず、両手を取ってゆったりと踊ろうか」

「うんっ」

 鱗の生えた手を取るレオニスは、僅かばかり頬を上気させ、シュトラのリードを行う。

 エヴィリオニ流のダンスへの理解がないため、二人揃って稚拙な様相となってしまっているのは仕方なく、本人らが楽しそうであるのなら良いのだろう。

(また踊れるように、色々と手配しないと。シュトラさん次第ではあるけど)

(あはは、楽しいかも)

 こうして二人は楽しい時間を過ごす。

「滞在期間中、また会えるかな?」

「うん、いいよ。いつにしよっか?」


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