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第4話 ストラル ⑤

 シュトラが『炭窯亭』の前でベンチに腰掛けて絵を描いていると、メガネを掛けたレオニスが馬に乗って現れ、笑みを零す。

「待たせてしまったね」

「大丈夫だよ」

 馬を炭窯亭に預けたレオニスはシュトラの木炭画を覗き込む。

「前にもらったのもだけど、人々が絵画の中で生きているかのようだね」

「絵には思い出と心が残せるんだ。…誰に教えてもらったか忘れちゃったけど、『見たものを撮した鏡であり、その時の心が線に出る』ってさ」

「絵画の先生がいたんだね」

「どうなんだろう?あたしは昔の記憶がなくってさ。いつ魔女になったのか、どれだけ魔女をしているのか、どこで魔女になったのかもわからないんだよね。絵も同んなじで、自宅に飾ってある絵を見ても、いつ描いたかは、不明でね」

「…辛くは、ないのかい?」

「辛いと思ったことはないかな。そういうものだって思うことにしてるし」

(見た目は16歳そこらだけど、もしかしたら僕より長生きなのかもしれないね。……魔女に年齢を聞くのは、ご法度というけれど、シュトラさんは自身の年齢もあやふやんだろう)

 あっけらかんとしているシュトラとは異なり、レオニスの胸が締め付けられ、彼女の事を忘れることのないように生きたいと強く願った。

「よしっ、描き終わったし、何処か行こっか!」

「いいねっ」


 二人が踊りと屋台で賑わう街を物見遊山していると、若い羽人族の集団がシュトラを見つけ駆け寄ってくる。

「シュトラさま、こんにちは!」

「こんにちは、ヘルソマルガリティアの子たちだよね?」

「はい!スィルトホラで踊りのお祭りがあると聞いて、遊びに来ていたんです!シュトラさまもですか?」

「仕事の序でにねー。この人はレオニスさん、あたしに親切してくれて、今日は一緒にお祭りを見に出ているんだ」

(この人、何処かで見たことあるなぁ)

(美人さんだし、もしかしてお邪魔だった可能性が?)

(ありえる!)

 羽人族たちはこそこそと話し合い、シュトラへ暖かな視線を向けながら邪魔にならないよう配慮をする。

「それじゃあ私たちはこれで。シュトラさまはお仕事ばっかりだとお聞きするので、しっかりと羽根を伸ばしてくださいねっ!」

「シュトラさまのこと、よろしくお願いしまーす」

 祭りに浮かれている賑やかな集団は、忙しなく走り去っていった。

「賑やかな方々だね」

「ヘルソマルガリティアはもっと賑やかだし、今度遊びに来てよ」

「じゃあシュトラさんに案内してもらおうかな」

「任せて!」

 にんまりとシュトラが笑い、レオニスがつられて相好を崩した。

共巣フォリャってさ、閉鎖的だったり排他的な魔女が多いきらいから、カラウスの子たちだけでも近隣へ足を運んでくれているのは嬉しいんだよね。真珠や山羊毛の交易はしているけど、共同体として周辺諸国への接触は最低限。立地も資源も良い土地だから、孤立したら周囲から狙われちゃうかもしれないし」

 どこか憂いを孕んだシュトラの表情に、レオニスは少しばかり気が重くなる。

「歴史を手繰ればセイリノンの魔女はエヴィリオニともバネエジーとも戦争をしているね。ここ暫くは落ち着いているけど、関係が崩れてしまえば、僕たちはお互いに矛先を向ける間柄になってしまうかもしれない」

「だね。種族も違ければ、アノリアとカラウスという違いもある。…小さな違いだから、乗り越えられない。あははー…、駄目だね楽しいお祭りなのに、湿っぽい話をしちゃって!さあさ、お祭りを満足行くまで歩き倒して、踊り倒さないと!」

「今日一日、丸々と付き合うよ」

「ありがとっ!」

 沈んだ空気を払い除け、見た目相応の可愛らしさを取り戻し、彼女の小さな手で彼を引いて、屋台へと向かった。


―――


 滞在から7日が経ち。

 朝早くに『炭窯亭』のチェックアウトを終えたシュトラは、受付と支配人らに見送られながら宿を後にし、防塁広場までひとっ走りでやってきた。

 通行料50エフカニスと滞在証を手に受付へと向かうと、手前でレオニスが待っており、兵士たちは戦々恐々といった雰囲気を醸し出している。

「おはよう、シュトラさん」

「おはよう、レオニスさん!見送りに来てくれたの?」

「またいつ会えるかわからないからね」

「ありがと、嬉しいよっ。…うーんと、次にスィルトホラを通るなら、秋の終わりくらいになると思うけど、また会えるかな?」

「っ。…ああ、屋敷に話しを通しておくから、立ち寄った時は顔を出してほしい。事前に伺いたてをしたり、面倒な手続きはいらないからね」

「りょーかい!へへっ、さよならは言わないよ、またねっ!」

「また会おう」

 スィルトホラを去っていくシュトラの髪には、レオニスが贈った髪飾りが輝いており、また再び会えることを暗示しているかのようで。彼の心は暫くの間、熱と鼓動を激しくしていた。

(心地よいものだね)




▼▼▼


「いやー、助かったよー」

 魔法の影響で軽量化された瓦礫を、少年を尾行していた護衛たちが退かし、魔女と少年を救出する。

「君は大丈夫?怪我はない?」

「うん、…大丈夫。―――わっ!?」

「っ!」

 四本指の手を取った少年が瓦礫に足をかけ力を込めると、重さの少ない瓦礫に乗っかった影響で、少年はバランスを崩してしまう。

 しかし、魔女は少年を抱きかかえるように身体を回し、地面へと転がった。

「あはは、出られたことだし、重さを戻さないと危ないかな。あーでも、撤去するとき不便かな?」

「あっ、ありがとうございます」

「お礼が言えて偉い子だね」

 衣服についた砂埃を払った魔女は、にへへっと緩い笑顔を露わにすれば、少年は頬を赤らめ一度口を開け、閉めた。

「しっかし、大きな揺れだったね。あちこち大変そうだから、みんなのお手伝いに行こっかな」

「え、あ」

「保護者さんもいるみたいだし、余震に気をつけてね」

 護衛へ目を向けた魔女は立ち上がり、走り出そうとすると、少年は手を伸ばし服の裾を掴んだ。

「どしたの?」

「僕は、レオニス」

「そいや、自己紹介してなかったね。あたしは疾速・・の魔女シュトラ・シュッツシュラインだよ」

 レオニスにとって初めての出会い、初めての恋であった。


 波に拐われた一つの流木は、海底へと呑み込まれる。

 僅かな泡沫だけを残して。


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