最後に報告を行うのはシュトラ。
運搬の仕事で立ち寄った国や領地の治安や物価などの情報を収集している。
「エヴィリオニ王国スィルトホラ領で、先日まで舞踏祭が催されてたから、三間街道の往来が増えているよ」
「上から見ただけですけど、実際に増えていますね〜。目聡い商人なんかが寄ってきますがぁ、真珠の取引に関しては今まで通り、特定の商会を通して行いますので、応じないようにお願いします〜」
「スィルトホラ領は舞踏祭ということもあって、人の往来が増加。それに伴うかたちで食料品や生活品の値段が、他の時期と比べて値上がりしてたかな」
シュトラは手帳に書かれた値段と、今までの資料を照らし合わせながら報告を行う。
「例年通りってことだな」
「だね。追加の依頼でネオシモ領にも行ったんだけど、道中含め物価と情勢に問題はなさそうだったよ」
「稼ぐねえ迅速」
「へへっ、日頃の行いってやつだよ」
「言うじゃねえの」
「ほこん。…というわけであたしからの報告は以上かな」
ぽすん、と椅子に腰を下ろすと、クーヴァが鋭い視線を向けており、「バレてるなぁ…」と瞳を逸らす。
「えーっと……追加の報告。馬球の観戦中、誘拐未遂に遭いました。被害は一切なく、あたしを魔女と知らず、一緒に観戦していた相手への当てつけだったから、不問とした、しました。はい」
(やはり…真実でしたか!ぐぬぬぬ、シュトラ魔女を拐かそうなんて許せません!やはり!外の純人族との関わりは最低限に抑えるべきでしょうね!)
騒々しくなる会議場の中、クーヴァは冷静を装って瞳を伏せるも、内心は大荒れであった。
「先ず、その誘拐犯について報告を」
(文句を言ってやらねば気が済みません)
「はぁ…、イファノニ領のティグロン・イファネアスさん。こちらで対処をおこなっているし、あたしにはなーんの被害もなかったんだから余計な口出しをしないでよ」
「イファネアスといえば、イファノニの領主家ではありませんか。それが横暴を働いたのならば、相応の責任を追う必要があると思うのですがね?」
「わかるよ?権力を有する者、それに類する者からの低く見られたら、
「わかっているではありませんか」
「だけれど、こっちがエヴィリオニ王国へ攻勢に出れば、ここ数十年で積み重ねられた平安と縁は砕かれる。結局のところ次は戦争だよ、歴史を繰り返すの?」
「……」
クーヴァの表情をほんの僅か一瞬の間だけ苦々しいものへと変容し、普段通りの表情へと戻った。
(それはクーヴァ様に効く言葉だろうに…)(始まりの魔女からこの地を受け継ぎ、護り続けたクーヴァ様にそれを…)(駄鳥め…)
彼女から教えを授かり、弟子である魔女たちはシュトラの物言いに眉を曇らせ、一部は今にも立ち上がりそうな勢いである。…いや、一人は立ち上がってしまった。
「元野良の魔女だというのに、その物言いは失礼ではありませんか?!」
「血統や出自で『理の魔女』の在り方を歪める“物言い”をするなんて、教育者の顔に泥を塗る気?」
「なっ!?」
キツい口調のシュトラは、あえてクーヴァに視線を向ける。誰が教育者であるかを明確化するため。
「戦争なんてごめんだよ…。許し合わなくちゃ終われないことだってあるんだから」
(………。)
瞑目したクーヴァの脳裏には、争いで失われた多くの命と顔が過る。…のだが、思い出さなくてはならないはずの“誰か”の顔も名前も声も、何一つ浚うことが出来ないでいた。
(何処に行ってしまわれたのですか、“先生”。………然し、シュトラ魔女に叱られると、心が暖かくなります。やはり理の魔女に指名したのは正解でした)
「理解します。シュトラ魔女の意思も汲みましょう、…そうですね、事実確認の書簡を送りつけるだけということで、本件は収めましょう」
「…よかった。それでいいよ」
折衷案にシュトラは安堵の息を吐き出す。