目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 黒い絵の具 ①

 会議を終え自宅に戻ってきたシュトラは、しばらくのヘルソマルガリティア滞在の旨を、スケフィナとムネリナに伝える。

「そうなんですね!先生は何かと外に出て忙しい方ですし、偶にはお休みも必要です!」

「料理、楽しみにしてて」

 笑顔の双子は、シュトラから正装を受け取ると、私服を手渡す。

「本日はどうしますか?」

「買い物に行ってくるよ。色々と必要でしょ?」

「ですね。…そうそう、アノカスティ区の雑貨屋に、異国の画材が入荷されていると思われるので、足を運んでみては如何でしょう?」

「異国の画材?」

「詳しくは知らないけど、黒い絵の具だけの画材だって」

 ふーん、と考え込んだシュトラは、新しい画材に胸を膨らませ財布を受け取る。

「それじゃあいってくるよ!」

「「いってらっしゃいませ」」


 純人族カサゲノスの街並みと比べるとヘルソマルガリティアの街並みは、家や道路がやや余裕のある作りとなっており、体格の大きな鱗人族イクシサントロポスの活動や、空を移動する羽人族オルニサントロポスの離着陸を行える作りとなっている。

 のんびりと散歩がてら寄り道をしていると、山羊の荷車を連れた羽人族の老人が表情を和らげ、シュトラを呼び止めた。

「やぁあ魔女様、今日はいい天気ですね」

「いい天気だねー。夏も本格的になってきたかな?」

「ですねぇ。魔女様は…、あー、確か、迅速の魔女様でしたか?」

「そうだよ。お爺さんは何処の人?」

「おらははずれの農家ですよ。暫く前の事になりますが、肥料を運んでいただき、ありがとうございました」

「どういたしまして。必要な事があったら気軽に声をかけてね。腰を悪くしちゃったら大変だしさ」

 二人は日陰に腰を下ろし、小さな世間話をしていく。

「―――ほほう、スィルトホラの舞踏祭ですか。若い頃に、一度は行ってみたいと、思っていたのですが、ついぞ足を運ぶことなく、この歳となってしまいました」

「そうなんだ」

「若い頃は、未だ回りの国に忌避感がありましてね。わだかまりが解消されていた頃には、所帯持ち。心残りになっていたのですよ」

「悪いことしちゃったね」

「いえいえ、構いませんとも。是非に、どんな祭りだったのかを、教えていただけませんか?妻の許へ行く際の、手土産としたいのです」

「いいよー」

 数日の滞在を語れば、老夫は楽しそうに耳を傾け、相好を崩していた。

「ありがとうございました。魔女様のお話、良い手土産として、妻も喜びましょう、ほほ」

「楽しんでもらえてよかったよ。そうだった!あたしは買い物の途中だったよ!ちゃんと長生きしてねー!」

「はは、未だ未だプシュカリディソスへは向かえませんよ」

 ひらひらと手を振ってシュトラを見送る老夫だが、ふとした時に疑問を浮かべる。

(迅速の魔女様に、肥料を運んでもらったのは…、いつのことでしたかな?…おらの未だ若い頃、だったような。―――…?)

 舞い落ちる黒い羽根を目にした老夫は、先程までの疑問が頭から抜け去り、シュトラの思い出話を胸に山羊と歩く。


 アノカスティ区。

 湾口にほど近い、他国の貿易船の立ち寄る商業区画で、クリソピネ・アルギフェリス(第4座、銀鏡ぎんきょうの魔女)が取り仕切っている領域だ。

 往来の多い場所ということもあり、羽人族の離着陸が制限されているほど。

(雑貨屋ってことは、『羽鱗の集い』だよね)

 人混みの中を進んでいき、落ち着いた風体の雑貨屋へ足を踏み入れる。

 カランカラン。

 よく整理され、品の良い香が焚かれた店内には、多くの魔女が商品を眺めており、シュトラを見かければ簡単な挨拶をし礼儀を示す。

 羽鱗の集いの客層は、ほぼ全てが魔女で、残りはお使い。

 扱っている品々も魔女が魔法に使用する際に必要なもので、シュトラであるならチョークだ。

「えっと、異国の画材は」

「画材…、探している…のですか…?」

 前髪で顔の半分以上が隠れた、体格の大きな男の羽人族が、シュトラに問うた。

「うん。黒色絵の具の画材って話なんだけど」

「はい、…あります、入荷しております。……こちらへ、お越しください」

 店員は店の一角を指さし、案内を始めた。

「迅速の魔女…シュトラ・シュッツシュライン様、ですよね…?」

「どしたの?依頼でもある感じ?」

「いえ…。自分も…絵を嗜んでおりまして、…異国の絵画に興味があるのです。…しかし…実物はお目にかかれず、画材のみ。…完成品が見てみたい、そう思っております」

「なるほどね、完成したら持ってくるよ。…でもどういう風に描かれてたかが分からないと、時間がかかっちゃいそうだね」

 店員は自身の蟀谷こめかみを叩き、記憶を呼び起こす。

「黒一色なので…その濃淡を操り、あえて滲ませオモムキ…?というものを出すそうです」

「オモムキ?」

「面白さ…みたいな意味だそうです」

「なるほど…?」

 二人して頭を傾げ考え込むも、結論は出なかった。

「とりあえず一式を買うよ」

「承知しました。…紙も専用の、こちらのガセンシ雅仙紙を用いるようです。一見…質の悪そうな手触りをした紙、なのですが…結構な金額でしたので、高級品やもしれません」

「りょーかい、気をつけるよ」

 シュトラは店を後にし、食料品等を買いに出る。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?