会議を終え自宅に戻ってきたシュトラは、しばらくのヘルソマルガリティア滞在の旨を、スケフィナとムネリナに伝える。
「そうなんですね!先生は何かと外に出て忙しい方ですし、偶にはお休みも必要です!」
「料理、楽しみにしてて」
笑顔の双子は、シュトラから正装を受け取ると、私服を手渡す。
「本日はどうしますか?」
「買い物に行ってくるよ。色々と必要でしょ?」
「ですね。…そうそう、アノカスティ区の雑貨屋に、異国の画材が入荷されていると思われるので、足を運んでみては如何でしょう?」
「異国の画材?」
「詳しくは知らないけど、黒い絵の具だけの画材だって」
ふーん、と考え込んだシュトラは、新しい画材に胸を膨らませ財布を受け取る。
「それじゃあいってくるよ!」
「「いってらっしゃいませ」」
のんびりと散歩がてら寄り道をしていると、山羊の荷車を連れた羽人族の老人が表情を和らげ、シュトラを呼び止めた。
「やぁあ魔女様、今日はいい天気ですね」
「いい天気だねー。夏も本格的になってきたかな?」
「ですねぇ。魔女様は…、あー、確か、迅速の魔女様でしたか?」
「そうだよ。お爺さんは何処の人?」
「おらは
「どういたしまして。必要な事があったら気軽に声をかけてね。腰を悪くしちゃったら大変だしさ」
二人は日陰に腰を下ろし、小さな世間話をしていく。
「―――ほほう、スィルトホラの舞踏祭ですか。若い頃に、一度は行ってみたいと、思っていたのですが、ついぞ足を運ぶことなく、この歳となってしまいました」
「そうなんだ」
「若い頃は、未だ回りの国に忌避感がありましてね。
「悪いことしちゃったね」
「いえいえ、構いませんとも。是非に、どんな祭りだったのかを、教えていただけませんか?妻の許へ行く際の、手土産としたいのです」
「いいよー」
数日の滞在を語れば、老夫は楽しそうに耳を傾け、相好を崩していた。
「ありがとうございました。魔女様のお話、良い手土産として、妻も喜びましょう、ほほ」
「楽しんでもらえてよかったよ。そうだった!あたしは買い物の途中だったよ!ちゃんと長生きしてねー!」
「はは、未だ未だプシュカリディソスへは向かえませんよ」
ひらひらと手を振ってシュトラを見送る老夫だが、ふとした時に疑問を浮かべる。
(迅速の魔女様に、肥料を運んでもらったのは…、いつのことでしたかな?…おらの未だ若い頃、だったような。―――…?)
舞い落ちる黒い羽根を目にした老夫は、先程までの疑問が頭から抜け去り、シュトラの思い出話を胸に山羊と歩く。
アノカスティ区。
湾口にほど近い、他国の貿易船の立ち寄る商業区画で、クリソピネ・アルギフェリス(第4座、
往来の多い場所ということもあり、羽人族の離着陸が制限されているほど。
(雑貨屋ってことは、『羽鱗の集い』だよね)
人混みの中を進んでいき、落ち着いた風体の雑貨屋へ足を踏み入れる。
カランカラン。
よく整理され、品の良い香が焚かれた店内には、多くの魔女が商品を眺めており、シュトラを見かければ簡単な挨拶をし礼儀を示す。
羽鱗の集いの客層は、ほぼ全てが魔女で、残りはお使い。
扱っている品々も魔女が魔法に使用する際に必要なもので、シュトラであるならチョークだ。
「えっと、異国の画材は」
「画材…、探している…のですか…?」
前髪で顔の半分以上が隠れた、体格の大きな男の羽人族が、シュトラに問うた。
「うん。黒色絵の具の画材って話なんだけど」
「はい、…あります、入荷しております。……こちらへ、お越しください」
店員は店の一角を指さし、案内を始めた。
「迅速の魔女…シュトラ・シュッツシュライン様、ですよね…?」
「どしたの?依頼でもある感じ?」
「いえ…。自分も…絵を嗜んでおりまして、…異国の絵画に興味があるのです。…しかし…実物はお目にかかれず、画材のみ。…完成品が見てみたい、そう思っております」
「なるほどね、完成したら持ってくるよ。…でもどういう風に描かれてたかが分からないと、時間がかかっちゃいそうだね」
店員は自身の
「黒一色なので…その濃淡を操り、あえて滲ませ
「オモムキ?」
「面白さ…みたいな意味だそうです」
「なるほど…?」
二人して頭を傾げ考え込むも、結論は出なかった。
「とりあえず一式を買うよ」
「承知しました。…紙も専用の、こちらの
「りょーかい、気をつけるよ」
シュトラは店を後にし、食料品等を買いに出る。