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第6話 黒い絵の具 ②


 舞踏祭も終わり、細々とした業務を片付けたレオニスは、スィルトホレオス家の書庫へ足を運ぶ。

 手に取った書は過去の領主が残した、羽と鱗の共巣に関する手記。次代やそれ以降の子孫へ、情報という力を残した先祖は多い。

(領主家に産まれた事を感謝しないとね)

 いくつか書架から抜き取り、机へ移動したレオニスは、茶で喉を潤しながらページを開く。

 戦時中であれば、魔女側の戦力と目立った魔女が扱う魔法の類。

 平時であれば、取引や会談、関わりに於いての鉄則が書き連ねられている。

(理の魔女、第1座クーヴァ・アセノープロス。全ての記録に登場する、『始まりの魔女』の弟子。血縁者はおらず、魔女たちに教育を施す『教導の魔女』。…始まりの魔女の情報は…、殆どないか)

 あっても『人族で初めて魔女となった娘』と書かれているのが精々。

「3000から4000年前の魔女ともなれば、エヴィリオニ王国の建国よりも、ずっと昔だ。情報なんてなくても不思議じゃない」

 独りごちた言葉は書架に吸い込まれ、静寂が再び訪れる。

(が、こういった始祖は過剰に脚色され、信仰の対象になることも多い。なのに、不自然と情報が少なく、信仰もされていない)

 羽と鱗の共巣フォリャ・トン・セイリノンは、潮風で豊穣と大漁を運ぶ神サラシペオンを信仰しており、始まりの魔女を特別視する風潮はない。他の魔女共同体も同様で、土着の神や他所から伝来つたわった神を信仰している。

 エヴィリオニ王国は、陽光を齎す朱天の神エリスロメソス。前述の信仰は東方諸国に多いとのこと。

(さて、理の魔女は。…ん?)

 現在の理の魔女に関して必要な情報を集めようと、本を開くと1枚の紙がひらりと落ちてレオニスの目に留まる。

(この筆跡は兄さんと父さんか。内容は……現在の理の魔女16名。お見通しというわけ、だね)

 小さく笑みを零したレオニスは、父兄が持ちうる情報を読み込む。

 基本的には外部へ露出する事の多い魔女たちが主で、貿易交易等を取り持つ魔女と、長く理の魔女を務めるクーヴァ、漁場の管理を行うロネア等々、最後にシュトラの情報が記載されている。

(シュトラさんは元は野良で、出身地、年齢、家族等は不明。理の魔女になった時期は………“不明”?)

 他の魔女は大まかに理の魔女の座を得たのか書かれているが、シュトラは明確な記録が存在しない。試しに先代先々代の手記を探してみるが、ここ100年前後に及ぶ第16座の記載は“漏れて”いる。

(………。不自然に記録がない。誰もいないのであれば空席だと記載される、はずだ。そもそも―――)

 『シュトラの活動時期が何時いつ頃からなのか』という疑問から、防塁門の通行記録を探りに行こうと立ち上がった時、窓の外に1枚の黒い羽根が舞い落ち、レオニスの気が逸れる。

(料理でも作ろうか。…何か、ジンジャーを使ったものがいいかもしれないね)

 台所へと向かったレオニスは、料理人と肩を並べ料理を作った。


 ジンジャーで臭み消しをしたラムサンドを食べ終えたレオニスは、いくつもの資料を紐解いたのだが、これといって進展は得られず椅子に凭れ掛かる。

「あれは?」

 本棚の上に置かれ、埃の被った古本を目にしたレオニスは、僅かに考え込んだ後に立ち上がって手を伸ばす。

(随分と古い、年代物。少なくとも数十年は前の…『始まりの魔女について』?)


『不思議と「始まりの魔女」に関する情報は少ない。最初は“羽と鱗の共巣フォリャ・トン・セイリノン”を始めとする、魔女共同体が隠蔽していると考えたが、彼女たちの不自然と最初に生じた魔女のことを知らないでいた。

 現存する最古の魔女であり、「始まりの魔女」の弟子であったクーヴァ・アセノープロスが、3500年程の時を生きているという話なので、「始まりの魔女」がアノリアとして目覚めたのも同時期であろう。

 彼女に聞ければ進展するのだろうが、嗅ぎ回っている事を悟られた結果、避けられるようになってしまった。上手く、立ち回るべきだった。

 3000年以上という膨大な時間は、魔女一人の記憶を忘れ去られるには十分すぎる時間である。

 しかし、少なくとも名前が語り継がれた偉大な存在が、歴史に語られるべき存在が、そう簡単に忘れ去られるはずもない。

 不思議なものだ。

―――夜を映した髪を靡かせ、宝石の瞳で真摯にアノリアたちを見つめた、天秤の王。それが「始まりの魔女」。』


(始まりの魔女について調べられた書物は貴重だね、写本の作成を依頼しないと。…然し、“天秤の王”というのはなんだろう?魔女は君主を持った記録がないはずだけど)

 深まる謎に、レオニスは溜息を吐き出した。


▼▼▼


 15年前の、忘れられたいつか。


「最初で最後の魔女王…?」

 少年レオニスは、分厚い本に書かれていた一文を思わず口に出した。

「大昔の、初めて魔女になった人でね。多くの人、アノリアとカラウスの架け橋になろうと尽力した魔女なんだって」

「偉大な方、なんですね」

「かもね。記録が全然ないから、誰も分かんないんだけどさ」

 スィルトホラで発生した地震。その復興に協力したシュトラは、スィルトホレス家に数度招かれ、レオニスと交友を深めていた。

 カラウスの、それも領主家のご子息との関係を構築することで、閉鎖的な姿勢を貫く羽と鱗の共巣フォリャ・トン・セイリノンの立ち位置を改善しようという打算は、少なからずある。

 しかし、魔女を知りたいと真摯な瞳を向けられたシュトラは、自然と絆され友人とも呼べる立場になっていた。

「シュトラ様は、しょ、将来を約束した方がいたり、するのですか?」

「パートナーはいないかなぁ。見ての通りちんちくりんだし、そういう風に見られることはないみたいなんだよね」

「そんなことないです!シュトラ様は素敵な方です、僕たちカラウスの為に尽力してくれて、こうして魔女に関する勉強も教えてくれます」

「えへへ、照れちゃうなぁ〜。ならいつか、いい相手が見つかるかもって信じてみようかな」

 ほんのりと頬を赤らめたシュトラは、レオニスの頭を撫でる。

「―――!」

 ぐらぐら、と屋敷が揺れ、シュトラは大急ぎでレオニスの手を取り、机の下へ避難した。

(最近、地震が頻発してる。…………、何か、思い出さなくちゃいけないことがある、そんな気がする)

 脳裏に感じる小さな違和感を辿ろうとするも、不安に満ちた少年レオニスの表情を見たシュトラは、安心させるために彼を抱き寄せた。

「だいじょーぶだいじょーぶ、あたしがついているから」

「…はい」

 シュトラの腕の中はほんのりと暖かく、甘い香りがしたとか。


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