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第7話 海と船 ②

 昼過ぎ頃。シュトラの協力もあり、全ての漁礁資材を設置し終えた一同は、甲板に集まり昼餉としていた。

 遊泳を終え、少し遅れて戻ってきたシュトラとロネアも甲板へと上がると、フェタチーズと旬の野菜が包み込まれたパイが手渡される。

 パイを一口食べれば、塩味が強く酸味のあるフェタチーズは疲労に効く味わいで、魚の燻製をつまんでさらに一口頬張った。

 羊乳と山羊乳の混合で作られたフェタチーズは、ヘルソマルガリティアで一般的に食べられる食材で、パンに挟んだり、そのまま食べて酒の肴にしたり様々だ。

 四方山話で盛り上がりながら、昼餉を楽しんでいると、一人の鱗人族がシュトラを見て首を傾げた。

「シュトラ様?」

「なぁに?」

「今朝方、髪飾りしてませんでした?」

 鱗人族は前髪あたりを指差せば、シュトラは触って確かめ、髪飾りが失われていたことに気がつく。

「ホントだ。いつなくしたんだろ?」

「海に潜る前はあった気ぃするから、……遊んでる最中か。前は着けてなかったし、エヴィリオニで買ったんか?」

「……わかんないけど、たぶん違う。でも、大切なものだった気がする…」

 とある男から貰った髪飾り。その思い出は消え去っていても、大事だと思える心は残っていた。

 それ故に落ち込んだシュトラの表情が、ロネアや船員たちの心へ突き刺さり、頷きあい食事を終わらせる。

「おめえら!探しに出んぞ!オレちらはシュシュに結構な恩が溜まってる!返し時だぞ!」

「「うおおお!!」」

「…いいの?」

「答えるまでもねえ。オレちとシュシュは姉妹みたいなもんだ、困ってんなら全力で力を貸す!にひひ、それが漁師ってもんよ!」

「「そうでさあ!」」

「それじゃあ…お願いしようかな。無いと気が付いたら、落ち着かなくってさ…」

「任せろっての。よーし、オレちが泳いだ場所を教えるから、その周辺を当たってくれ!」

(シュシュの反応的に、アレは贈りもん。…忘れられちまった贈り主は不幸だが、オレちも何度か忘れられてるから、何れ記憶から消えなくなる、はず。……、贈りもんっていう確かな絆が失われちまうのは、不幸じゃ収まんなくなっちまうから!!)

 いの一番で海に飛び込んだロネアは、シュトラとの遊泳とは比べ物にならない速度で海を泳ぎ、レオニスから贈られた髪飾りを探す。


 鱗人族が海を泳ぎ、羽人族が上空から情報の共有を行い、髪飾りを探し始めて鐘一つ半3時間

(そろそろ切り上げてもらったほうがいいかな…?でも…無碍にするのもなぁ…)

 シュトラの眉尻が下がり始めると、船上で待機していた純人族が笑みを見せて。

「大丈夫ですよ、シュトラ様。直ぐにでも見つけてきてくれますから、お待ちになられてください」

「そう、するよ」

 海面から顔を出す鱗人族を見ても、やらされている感はなく、自ら進んで探索に乗り出している。

 これに水を差すには拙いと、シュトラは皆の帰りを待つこととした。

 すると遠方からけたたましい笛の音が響き渡り、捜索の終わりを告げる。


「ありがとう、本当にありがとう」

「お役に立てたのなら何よりです」

 鱗人族の一人がそれを手渡すと、シュトラは溢れんばかりの笑みを浮かべ、大事そうに髪へ着ける。

「シュシュ、それ誰から貰ったか思い出せないか?」

「………、わかんない。たぶん忘れちゃったよ。…でも着けてると、心が温かくなるから、本当に良かったよー」

 ロネアは満面の笑みを浮かべた。

(忘れちまってんだろうけど、恩は返したぞ)


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