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時が遡ること7年。
シュトラが夕刻の海岸を近道に帰っていた頃、岩場で一つの明かりを発見する。漁火漁をするには浅すぎるし、よく見ても船はなく、不思議に思った彼女は足を向けた。
パシャパシャと水を蹴り、岩場へ辿り着くと海面から鱗人族の少女、8つのロネアが顔を出す。
「こんばんは。もう良い時間だけど帰らなくていいの?」
「なんだ、駄鳥の魔女シュトラ・シュッシュシュラインか。オレちは忙しいからあっちいけ」
「シュッツシュラインなんだけど…、まあいいや。君は何をしてるの?魔法の練習?あたし、魔女だから手伝ってあげようか?」
「オレちに練習なんて必要ないぞ。――♪」
ロネアは魔法陣すら描くことなく、手に持った貝殻を放り投げ、可愛らしい歌声を響かせれば、光の玉を魔法で作り出し、眉を持ち上げて実力を示す。
放り投げられた貝殻は、着水する前に霧散し消え去った。
「陣なしで出来るんだ、すごいね!後数年もすれば君の名前を知らない魔女なんて、共巣にはいないと思うよ」
「当然だぞ、オレちは天才なんだからな!」
不機嫌そうではあるが、褒められたことが嬉しいのか、ほんのりと機嫌が上向く。
「で、この時間に何をしてたの?少し暗くても大丈夫だと思うけど、あと
「…、駄鳥の魔女には関係ないだろ!」
曇った表情に、詰まる言葉。何かあるのは火を見るよりも明らか。
キツく当たられようとも、シュトラはロネアの言葉を待つ。
「…探し物、してたんだ…。友達がくれた、石のブレスレット…。昨日、この辺で遊んでて、なくしたから」
「なるほど、それは大変だ。あたしも手伝うよ」
「邪魔すんな!さっさと家に帰るんだな、駄鳥の魔女!」
悪態をついたロネアは、光の玉とともに海へと潜り姿を消した。
(あたしは泳げないし、波打ち際でも探そうかな)
半鐘が経過して。
波打ち際をうろうろとするシュトラの姿を見たロネアは、シュトラが悪い大人相手でない事を理解し始めていたが、見つからないブレスレットに焦りも感じていた。
(パラモスが作ってくれたブレスレットだから、無くしたくなかったのに…)
目尻に浮かんだ涙は、波にさらわれてしまう。
そんな中、波打ち際からシュトラの大声が響き渡り、ロネアは海面へと顔を出す。
「石の、ブレスレット、あったよー!!」
「!!」
「確認しに来てー!!」
鋭い岩の転がる海中を、身体の一切を擦る事なく泳いだロネアは、シュトラの足元に辿り着き、不揃いな石で作られたブレスレットを受け取る。
「何処にあった!?」
「ここ、岩の間に挟まってたよ」
よく見れば、シュトラは全身びしょびしょになっており、波に打たれ、海の中も探したのだろう。
「あってたなら良かったよ、次はなくさないようにね」
「…助かったぞ。ありがとう、ございます、シュ、シュシュ魔女」
「どういたしまして。へへっ、それじゃあ遅くなった言い訳を考えないとね!」
その後、シュトラに背負われたロネアは、眉を吊り上げた両親を前にするのだが、理の魔女であるシュトラが魔女として魔法を教えていたと嘯いた結果、事なきを得たのだとか。
「じゃあなシュシュ魔女、オレちはロネアだ、…仲のいいやつはロニって呼ぶぞ」
「またね、ロニちゃん」
風を切り、シュトラは帰路へ着くとくしゃみがひとつ。
「くしゅっ!」
「
「ありがと」
△△△
港へ戻るための船上、のんびりと海を眺めていると、前方からけたたましい笛の音が響き渡る。
「メガプラコダームだ、海中の鱗人族は船上に上がれ!船は進路変更準備!」
笛の音で状況を理解した羽人族は、船内外へ指示を出す。
「結構近くまで来てるんだね」
「普段はもうちっと沖でサメなんかを食べてるんだけどな」
シュトラは甲板から海の先を見て、メガプラコダームという魚を探してみるが、…さすがに見えない。
メガプラコダームは、体長
大きく重厚な見た目、それに反し泳ぎは速く、サメだろうと鱗人族だろうと食べてしまう危険魚。
航海中に発見されると、周囲を泳ぎ操舵の補佐を務める鱗人族たちは撤退する。
「食べことある?」
「シュシュがいない時に狩ったんだけど、ちとクセが強い味わいとしっかりとした歯ごたえが記憶に残ってんな。臭み抜きしたステーキは悪くなかったぞ」
「そんな感じなんだ」
「ま、他の美味しい魚のが絶対いいな!」
「あっ、そういえばイカ美味しかったよー」
「にしし、オレちらが捕まえた最高のイカだから当然よ。何にして食べたんだ?」
進路を僅かに変えた帆船は何事もなく進む。帆に夕日の朱を映して。