改めてシュトラの予定を決めてしまおうとした時、ぐらぐらと非常に小規模な揺れが起こる。
「随分小さいね。発生源が遠いのかな?」
「でしょうね。…大した被害はないと思いますが、軽く見回ります。シュトラ魔女の予定はまた後日、…それまでは自由に動いてください」
「りょーかい」
シュトラは軽く手を振り、忙しそうに出ていったクーヴァを見送る。
「何もないといいけど」
「そうですね」「うん」
どこからともなく双子が現れ、シュトラの言葉に肯いた。
―――
明くる日。
「ねえ、魔女様。魔女様のお庭は、花が咲き続けるの?」
「なんでだろうねー。もしかしたら、忘れちゃったのかもしれないよ、花を落とすことをね」
「ふっしぎー!」
シュトラは、近所の子供たちの相手をしつつ、子供たちの姿を絵画に収める。油絵の下書きで、キャンバスへ木炭で大まかな構図を描く。
「誰か来るよー?」
空を指さした子供の視線を追うと、一人の羽人族の男性が舞い降りた。
「シュッツシュライン魔女、急な訪問をお許しください」
「いいよ、別に。何か急用?」
「はい。実は…あー」
男は花を愛でている子供を目にし、言葉を詰まらせてからシュトラに視線を投げる。
(言いにくいことかー…)
「ごめんね、魔女のお仕事が出来ちゃったから、今日はお開き、お家に戻ってくれると嬉しいな」
「魔女のお仕事!」「わかったよ!」「あはは、がんばってねー!」
子供たちはパタパタと両腕を羽撃かせ、少し危なっかしい飛行で姿を消した。
「それで内容は?」
木炭を手放したシュトラは、男を見つめ、言葉を待つ。
「昨日、小規模な地震が発生したことは、ご存じでしょうか?」
「うん、知ってるよ」
「ならば話が早いです。エヴィリオニ王国北部及び、魔女共同体“
「なるほどね。今直ぐにでも行きたいところだけど」
「はい。差し当たっては、
シュトラは、日の位置と現在の暦から時間を割り出し、集会が開かれるまでの時間が
(今直ぐにっていうのは無理だけど、案外に有余を多く設けている。大半の魔女は乗り気じゃない、そういうことだね。となると―――)
「頼まれごとをお願いしたいんだけどいいかな?」
「問題ありません。アセノープロス魔女は、頼み事の可能性を示唆しておりました故」
「じゃあさ、クリソピネに『会いにいく』って伝えといてよ」
「畏まりました」
羽人族の男は飛び立ち、シュトラは画材の家の中に放り込む。
「スケフィナ、ムネリナ!」
「「ここに」」
「話は聞いてたね?」
「はい。有用な資料の捜索及び、複製を行います」
「ありがと、よろしくね!」
満面の笑みで飛び出していったシュトラへ、双子は親愛の表情を向けた後に、資料を探すために動き出す。
アノカスティ区の一角。
立派な邸宅へとシュトラが到着すると、羽人族が数名待機しており頭を垂れる。
「お待ちしておりました、シュッツシュライン魔女。クリソピネ様が、お待ちになっております」
「ありがとう。クリソピネの許へ案内してくれる?」
「はい」
「そうだった。はい、これお土産ね、みんなで食べてよ」
「…ありがとうございます」
急を要する事態なのにも関わらず、やや呑気な雰囲気を纏ったシュトラに、羽人族たちは呆れた表情を露わにした。
「待っていましたよ〜、シュトラ魔女。貴女が必要としているであろう品はこちらに」
黄色と黒の翼をした小柄の羽人族の女性、クリソピネ・アルギフェリス(第4座、
「感謝するよ、ありがと。…でも無料じゃないんでしょ?」
「無料で協力してもいいですよ〜?」
クリソピネが向けたのは挑戦的な瞳。
(商いを専門としてきた魔女だから、甘言には気をつけないとね。まあ今回に関しては、協力に際する利益が約束されているようなものだけど、どうせなら味方につけちゃいたい。…あたしの持ってるカードは)
「今回の依頼、あたしが指名されていることは知ってるよね?」
「ええ、勿論。崩落等、災害発生後の後処理に関しては、シュトラ魔女の右に出るものは少ないので、当然の帰結でしょう」
「災害後の取引交渉なんてのは、…不謹慎ではあるけど、異なる魔女共同体に依頼をした以上は仕方のないもの。交渉に於いてあたしが優先権を持つことができる」
「そうですね〜」
「ただ、あたし自身は商いに明るくないし、補佐をつける必要がある。そこにクリソピネの周辺から出てほしいんだ」
「ふむふむ。悪くはないですが、ちょおっと弱く感じますね〜」
「うっ」
「他の魔女たちが、明確な弱みを持つシュトラ魔女を、手放しに送り込むはずありません」
「…協調路線、だよね」
「それだけなら良いのですが、貴女は誰隔てなく手を差し伸べ、優しさを振りまく魔女。共巣の在り方が誤認されかねないのですよ〜。…優しさは美徳と思いますが、軽んじられる原因ともなり得ます」
シュトラには、否定できるだけの材料はない。
「私に売り込むのであれば、シュトラ魔女にしかない、独自の商品を売り込まねば、交渉の土台に立てませんよ〜」
ニコニコと笑うクリソピネは、手鏡を出して自身の顔を眺めてうっとりとしている。
「私の容姿、カラウスであったら何歳に見えます?」
「20代後半だね、クーヴァより少し年上な感じ」
「でしょう〜。御年90、クーヴァ様という例外を除けば、最も老いを抑えつけ、美しい姿を維持できています、はぁ〜…」
魔女、アノリアとなった者は寿命が延び、老化が遅くなる。とはいえ、彼女は別格。
日々怠ることのないアンチエイジング、丁寧に素材を殺さないよう細心の注意を払った化粧。たゆまない努力の結晶を誇るクリソピネに、シュトラは首を傾げる。
対してクリソピネは、弟子に手鏡を用意させ、うっとりと自身の相貌を眺めた。
「簡単な話ですよ〜。私の若々しい姿を、シュトラ魔女の描く絵に収めてほしいのです。一流の画家と言えるほどではありませんが、その時を生きた者たちが色褪せることなく描かれており、私の美貌をも収めることができると感じていましてね、…如何でしょう?」
「責任重大だね、引き受けるけどさ」
「即断即決も美徳ですよ〜。うふふ、私の中立という立場は変えませんが、シュトラ魔女の協調姿勢、そこから生じる利益のために協力いたしましょう」
「ありがとう!感謝するよ!」
からりと晴れた青空のように、気持ちのいい笑顔を見せたシュトラに、クリソピネは微笑みを返す。