目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第8話 理の集会 ②


 改めてシュトラの予定を決めてしまおうとした時、ぐらぐらと非常に小規模な揺れが起こる。

「随分小さいね。発生源が遠いのかな?」

「でしょうね。…大した被害はないと思いますが、軽く見回ります。シュトラ魔女の予定はまた後日、…それまでは自由に動いてください」

「りょーかい」

 シュトラは軽く手を振り、忙しそうに出ていったクーヴァを見送る。

「何もないといいけど」

「そうですね」「うん」

 どこからともなく双子が現れ、シュトラの言葉に肯いた。


 ―――


 明くる日。

「ねえ、魔女様。魔女様のお庭は、花が咲き続けるの?」

「なんでだろうねー。もしかしたら、忘れちゃったのかもしれないよ、花を落とすことをね」

「ふっしぎー!」

 シュトラは、近所の子供たちの相手をしつつ、子供たちの姿を絵画に収める。油絵の下書きで、キャンバスへ木炭で大まかな構図を描く。

「誰か来るよー?」

 空を指さした子供の視線を追うと、一人の羽人族の男性が舞い降りた。

「シュッツシュライン魔女、急な訪問をお許しください」

「いいよ、別に。何か急用?」

「はい。実は…あー」

 男は花を愛でている子供を目にし、言葉を詰まらせてからシュトラに視線を投げる。

(言いにくいことかー…)

「ごめんね、魔女のお仕事が出来ちゃったから、今日はお開き、お家に戻ってくれると嬉しいな」

「魔女のお仕事!」「わかったよ!」「あはは、がんばってねー!」

 子供たちはパタパタと両腕を羽撃かせ、少し危なっかしい飛行で姿を消した。

「それで内容は?」

 木炭を手放したシュトラは、男を見つめ、言葉を待つ。

「昨日、小規模な地震が発生したことは、ご存じでしょうか?」

「うん、知ってるよ」

「ならば話が早いです。エヴィリオニ王国北部及び、魔女共同体“白糸の鉱坑オリヒィオ・トン・アリアドノン”が地震災害に見舞われました。被害の仔細は知らされておりませんが、両者を繋ぐ街道と採掘坑道の崩落の報告及び救援依頼が、鉱坑オリヒィオの魔女から届きました。…シュッツシュライン魔女を指名した形で」

「なるほどね。今直ぐにでも行きたいところだけど」

「はい。差し当たっては、共巣フォリャの方針を定めるため、本日昼過ぎに『理の集会』を開催するとのことです」

 シュトラは、日の位置と現在の暦から時間を割り出し、集会が開かれるまでの時間が1鐘半3時間前後あると理解する。

(今直ぐにっていうのは無理だけど、案外に有余を多く設けている。大半の魔女は乗り気じゃない、そういうことだね。となると―――)

「頼まれごとをお願いしたいんだけどいいかな?」

「問題ありません。アセノープロス魔女は、頼み事の可能性を示唆しておりました故」

「じゃあさ、クリソピネに『会いにいく』って伝えといてよ」

「畏まりました」

 羽人族の男は飛び立ち、シュトラは画材の家の中に放り込む。

「スケフィナ、ムネリナ!」

「「ここに」」

「話は聞いてたね?」

「はい。有用な資料の捜索及び、複製を行います」

「ありがと、よろしくね!」

 満面の笑みで飛び出していったシュトラへ、双子は親愛の表情を向けた後に、資料を探すために動き出す。


 アノカスティ区の一角。

 立派な邸宅へとシュトラが到着すると、羽人族が数名待機しており頭を垂れる。

「お待ちしておりました、シュッツシュライン魔女。クリソピネ様が、お待ちになっております」

「ありがとう。クリソピネの許へ案内してくれる?」

「はい」

「そうだった。はい、これお土産ね、みんなで食べてよ」

「…ありがとうございます」

 急を要する事態なのにも関わらず、やや呑気な雰囲気を纏ったシュトラに、羽人族たちは呆れた表情を露わにした。


「待っていましたよ〜、シュトラ魔女。貴女が必要としているであろう品はこちらに」

 黄色と黒の翼をした小柄の羽人族の女性、クリソピネ・アルギフェリス(第4座、商気あきないぎの魔女)が悠々とソファーで寛いでいた。

「感謝するよ、ありがと。…でも無料じゃないんでしょ?」

「無料で協力してもいいですよ〜?」

 クリソピネが向けたのは挑戦的な瞳。

(商いを専門としてきた魔女だから、甘言には気をつけないとね。まあ今回に関しては、協力に際する利益が約束されているようなものだけど、どうせなら味方につけちゃいたい。…あたしの持ってるカードは)

「今回の依頼、あたしが指名されていることは知ってるよね?」

「ええ、勿論。崩落等、災害発生後の後処理に関しては、シュトラ魔女の右に出るものは少ないので、当然の帰結でしょう」

「災害後の取引交渉なんてのは、…不謹慎ではあるけど、異なる魔女共同体に依頼をした以上は仕方のないもの。交渉に於いてあたしが優先権を持つことができる」

「そうですね〜」

「ただ、あたし自身は商いに明るくないし、補佐をつける必要がある。そこにクリソピネの周辺から出てほしいんだ」

「ふむふむ。悪くはないですが、ちょおっと弱く感じますね〜」

「うっ」

「他の魔女たちが、明確な弱みを持つシュトラ魔女を、手放しに送り込むはずありません」

「…協調路線、だよね」

「それだけなら良いのですが、貴女は誰隔てなく手を差し伸べ、優しさを振りまく魔女。共巣の在り方が誤認されかねないのですよ〜。…優しさは美徳と思いますが、軽んじられる原因ともなり得ます」

 シュトラには、否定できるだけの材料はない。

「私に売り込むのであれば、シュトラ魔女にしかない、独自の商品を売り込まねば、交渉の土台に立てませんよ〜」

 ニコニコと笑うクリソピネは、手鏡を出して自身の顔を眺めてうっとりとしている。

「私の容姿、カラウスであったら何歳に見えます?」

「20代後半だね、クーヴァより少し年上な感じ」

「でしょう〜。御年90、クーヴァ様という例外を除けば、最も老いを抑えつけ、美しい姿を維持できています、はぁ〜…」

 魔女、アノリアとなった者は寿命が延び、老化が遅くなる。とはいえ、彼女は別格。

 日々怠ることのないアンチエイジング、丁寧に素材を殺さないよう細心の注意を払った化粧。たゆまない努力の結晶を誇るクリソピネに、シュトラは首を傾げる。

 対してクリソピネは、弟子に手鏡を用意させ、うっとりと自身の相貌を眺めた。

「簡単な話ですよ〜。私の若々しい姿を、シュトラ魔女の描く絵に収めてほしいのです。一流の画家と言えるほどではありませんが、その時を生きた者たちが色褪せることなく描かれており、私の美貌をも収めることができると感じていましてね、…如何でしょう?」

「責任重大だね、引き受けるけどさ」

「即断即決も美徳ですよ〜。うふふ、私の中立という立場は変えませんが、シュトラ魔女の協調姿勢、そこから生じる利益のために協力いたしましょう」

「ありがとう!感謝するよ!」

 からりと晴れた青空のように、気持ちのいい笑顔を見せたシュトラに、クリソピネは微笑みを返す。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?