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第8話 理の集会 ③

「プロボドリス領で地震災害、ですか…」

 時を同じくしてスィルトホラ領でも、エヴィリオニ王国内で発生した地震被害の情報が回ってきた。

 求められるのは物資と人手の支援。被害状況を調査するだけの余裕はなく、ただ『支援求む』とだけ記されている。

「知っての通りプロボドリス領は、母方の実家であり、魔女共同体“白糸の鉱坑”との重要な交易地を担っている。大急ぎで物資の運搬と復興支援の手を伸ばしたいのだけど」

 そう、レオニスとリカニスの母は、プロボドリス領から嫁いできた。今にも飛び出さんと、落ち着きなく部屋内を歩き回っているのだとか。

「心得ています。私が運搬の指揮を務めるとして、人員は如何ほど揃えましょうか?人足が多くなればなるほど、到着が遅くなり必要な物資も増えてしまいます」

「様子見も兼ねて少数精鋭で頼むよ。第二第三は準備ができ次第送ろう」

「はい。…こういった災害時、火事場泥棒や盗賊が動くこともあります。武装の許可を頂けますか?」

「ああ、父さんに伝えておく。余震など起こる可能性がある、気を付けて現地へ向かってくれ」

 一騎士として、レオニスは騎士隊の詰所へ駆ける。


―――


 正装に身を包んだシュトラが講堂に入ると、既に他の15名は揃っており、彼女の到着を以て集会の開催となる。

「本日集合した16名の理の魔女、その全てに言伝をだし、簡単な内容の伝達を行っております故、前振りは取っ払い、緊急の集会とさせていただきます」

 ゴンゴンと鐘の音が鳴り響き、全員が賛同の意思を伝える。

「本日早朝、白糸の鉱坑に所属する、情報伝達を得意とする魔女ティルクエラにより、文が到着いたしました―――」

 内容は簡潔。

『地震災害により被害甚大。坑道及び街道の崩落を確認。至急、シュトラ・シュッツシュラインの派遣、物資支援をお願いされたし。謝礼は用意する。白糸の坑道所属魔女 ティルクエラ・マギッサ・ティス・アルヒース・デカティ・エクティ』

「―――。以上となります」

 クーヴァが皺くちゃの紙を綺麗に畳むと、一人の魔女が口を開く。

「支援の是非はさておき、我々魔女は共巣を運営する者として、鉱坑との関係を理解する必要があります。…続けてもよろしいでしょうか?」

 鐘の音が響き渡り、魔女が続ける。

 共巣と鉱坑の関係は、比較的近い位置にありながら疎遠だ。原因の一つは閉鎖的な共巣にあるのだが、それは一先ず脇に置く。

 魔女が提起したのは、200年程前に訪れた冷夏と、それに伴った飢饉の発生。

 当時の羽と鱗の共巣は、農作物だけでなく漁業資源も激減し、多くの者が餓死する事態に。

 その際に、まだ交流のあった鉱坑へと支援を頼んだのだが、返事すら届くことなく、エヴィリオニ王国とバネエジー国が攻め入ったことで、余裕がなくなり疎遠となってしまった。

「「…。」」

 クーヴァを除けば産まれてすらいない過去の話だが、彼女らの腰を重くするには十分な情報である。

「当時の鉱坑も、我々と同じく食糧難にあったことは十分伺えますが、現在の関係を変化させるだけの理由が足りないと思い、支援には否定的な姿勢を取らせていただきます」

 一礼をして魔女は席に着く。

 彼是と思うことは多い魔女たち、口々に意見を述べる中、ロネアが鐘を鳴らす。

「オレちも、シュシュ…あーシュトラ魔女の派遣には賛成できない。今現在、食糧に大きな問題を抱えているわけじゃあないが、増加傾向にある人口を考えると漁場の拡大や作成、働き手の住居建設に必要な存在だと発言する」

 ロネアは、悪びれた表情をシュトラに向けるが、あくまで此処は『理の魔女』が共巣の舵を取りをする為の場所、自身の理念は貫き意見を述べる。

 しばらくの間、魔女たちが意見を交えていると、次第にその視線は指名されたシュトラへと向けられていく。

「なにか、意見はありますか?」

 深呼吸をしたシュトラは立ち上がり、魔女たちを順繰りと見回す。

(あたしの、協調姿勢を説いても意味はない。焼け石に水だ)

「資料を用意したから目を通してほしいんだけど、これは一昨年に鉱坑へと足を運んだ際に記録した現地の物価。今現在、共巣で流通している同物品の価格を比較してほしいんだけど―――」

 利益を軸にしたシュトラの意見に、否定派の魔女たちは顔を渋め、クリソピネを見つめた。

(いっちゃん厄介なのを味方につけたな。…見たところ、あっちは塩の価格が高く、建材として使えるマラコ原晶の価格が安い。運送費は…あんまり詳しくないが、少なくない利益を生み出す。…意見が動いちまうか)

 親友として、理の魔女として、シュトラが共巣に滞在することを望んでいるロネアは、臍を噛む思いで反論を探す。

「―――というわけで、鉱坑へ協力した場合に、多くの利益が得られる。…復興まで時間は掛かるだろうけど、長い目で見れば必要な行動だと意見させてもらうよ」

「一つ指摘をしたい」

「どうぞ、ロネア魔女」

「シュトラ魔女は記憶に難があるということが誰にも知られている。それにかこつけて曖昧な対価の約束や、不利な条件付けが行われる可能性がある。予想される利益は、より少ないものになるのでは?」

 シュトラの記憶は明確な瑕疵かし。厳しい指摘にはなるが、親友として関係を育んでいるからこそできる、遠慮のない一撃だ。

「それに関しては私、クリソピネ・アルギフェリスの弟子から交渉役を派遣したいと考えております。やはり、交易といった金子きんすのやりとりは、専門家である我々が協力することで、より円滑に、確実な利益を得られますので〜」

(資料だけじゃなくて、出張ってきやがった!?…クリソピネは博打を打たない、何年後に回収できるとも確定していない利益のために動くなんて)

 『どんな魔法に、代償を支払ったんだ』とロネアは、顔を引き攣らせた。

「第一陣、あたしの運搬にはクリソピネ魔女協力の下、空荷車そらにぐるまを出してもらうよ。軽量化の魔法を用いることで、多くの物資を同時並行で運搬できて、必要な物資を届けられるからね」

 配られた即席の計画書に一同は唸り、外堀を埋められたのだと理解する。


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