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第8話 理の集会 ④

 全体を眺めていたクーヴァは、シュトラの手腕に僅かばかり口端を上げた。

(短時間でここまで準備をし、クリソピネ魔女を自陣に引き入れたのであれば、シュトラ魔女の派遣を否定するのは難しいでしょうね)

 明確な利益の提示に中立派の意見が動き始める。

 そして、地域内の建築物の管理、資源の一つである塩の精製を務める二人の魔女が、シュトラが留まるより益があると判断し、賛成派に天秤が傾くこととなった。

(立場や態度、体質により、目の敵にされやすいシュトラ魔女ですが、外を知るからこそ、他者との協調路線を敷くからこその強みがでましたね。…長く続いた停滞の時代は終わり、今は過渡期といったところ。我々も今まで通りではいられませんか…)

 議論を交わし、大半の魔女が納得したところで、ロネアも折れて賛成を表明した。

「わかったよ、これ以上はオレちのワガママになっちまう。共巣の利益を考えるさ」

「ありがと。…クーヴァ魔女はなにかある?」

「こうして意見をまとめていただいた以上、私からの意見はございません。強いて言うのであれば、旅路と復興作業の安全を、サラシペオン様に祈るくらい、でしょうか。…それでは、シュトラ魔女の派遣及び物資支援に、異を唱える方は………いませんね。ヘルソマルガリティア地域“羽と鱗の共巣フォリャ・トン・セイリノン”『理の魔女』は、本件の可決を以て閉会、各自は必要な行動をお願いします」

 各員が鐘を鳴らし、理の集会は終わりを告げた。


 シュトラを駄鳥だちょう、ロネアを斑愚ふぐ、と罵っていた若い理の魔女らは、前回の集会でクーヴァに言われたことを思い出していた。

 皆が同じ先を見れば死角が増える。

 シュトラとクリソピネの意見がなければ、未来への投資は行えずに終わっていた。

 ロネアの食糧事情を重んじて、親友と対立する姿勢も、彼女は彼女の理念を持ち、理の魔女の座に着いているのだと理解できた。

「クーヴァ様!」

「なんでしょう?」

「理の魔女に必要な資質とは、何なのですか?だ、シュトラ魔女とロネア魔女を加えたのにも理由があるんですよね?」

「先ずは利益。運営金を納めるだけの財力がなければ、土台に立てません。理の魔女には報酬がありません、それ故に他者からの収賄で腐敗を招く可能性がありますから、金品で靡かないような盤を形成できた者、というのが資質の一つです」

 シュトラが今後行う、クリソピネを絵画に収める行為は、技能を用いた協力にあたるので、贈収賄ということにはならない。

 魔法を使っての協力、と同程度の扱いとなる。

「次いで意思。貴女方を含め、理の魔女の座に就くものは、共巣より良い未来へと導こうとする確かな意志があります。…まあ、誰が好き、誰が嫌い、という感情はあると思いますが、今回の集会でロネア魔女の意見に納得しつつも、最後にはシュトラ魔女の提案を受け入れていましたよね?」

「「はい」」

「それは『周りがそう言っているから』ではなく、貴女方の頭で考え、共巣の利益となると理解したから賛成に移ったのでしょう?お二人は十分に理の魔女としての資質を持っています。これからも、自分を見失うことなく、職務に励んでくださいね」

「「はい!」」

 飛び立っていった若い理の魔女を見送り、クーヴァも両腕を羽撃かせる。

(ふふっ、新しい血流は順調に流れ始めましたね。…………シュトラ魔女が用意した資料、現地の物価に関しては彼女の持ち物であり武器、簡単に他の魔女の許へ持ち込むような真似はしないはず。…ならば、この筆跡ひっせきは…?)

 小さな違和感、小さな疑問。


「シュシュ、やってくれたなー!」

「あはは、あたしの勝ちだね!漁礁作りは、また戻ってきた時に手伝うよ」

「絶対だぞ。…予定が狂っちまうなー、にひひ」

 ロネアを抱きかかえたシュトラは、講堂を出て彼女を海に入れる。

「んじゃ気を付けろよ」

「うん、またね!」


 自宅へ戻ってきたシュトラは、自室でいくつかの書類とエフカニス晶貨を用意し、そのままスィルトホラへ向かう。

 走れば大した時間も掛からず、防塁門へと到着。受付申請を行い、待機時間に書類をしたためる。

「お待たせしました魔女様、…本日は随分とお綺麗な格好ですね」

「集会からそのまま来ちゃってさ」

(集会…?)

 疑問を浮かべながら、兵士は用向きを尋ねる。

「今日は、エヴィリオニ王国北部と“白糸の鉱坑”で発生した地震についてでね。鉱坑に物資や人員の支援を行いたいから、通行の申請をしに来たんだよ」

「承知致しました、書類の確認を致しますね。………ふむ、この空荷車というのは何でしょう?」

「それは羽人族が空輸を行うための籠だよ。物資とあたしを空荷車に積んで、エヴィリオニ王国の上空を移動したいんだ」

「そんなものがあるのですね、…んー、一応上官への確認をしてもよろしいでしょうか?三間条約にて、羽人族の飛行は各関所を通ることで許可されますが、こういった移動方法は前例がありませんので」

「待ってるよ」

「感謝します。それでは」

 待合室へと戻ったシュトラが時間を潰していると、騎士隊に所属している、キニガスが姿を現した。

「お久しぶりです、シュトラ様」

「えっと…」

「お忘れですか?キニガス・レマタキスですよ!少し前に、結婚式の衣装を受け取りに行ってもらう依頼を出した」

「ごめんね、ちょっと忘れっぽくて」

「そうでしたか…」

 叱られた子犬のように肩を落とすキニガスだが、一呼吸をして気持ちを切り替え、部屋へと案内をする。

「エヴィリオニ王国の領土上空を、特殊な乗り物を用いて飛行するとのことですが、申請内容が被災地域への復興支援とのことで許可が降ります」

「助かるよ、ありがとう」

「どういたしまして。…ただ、スィルトホラからプロボドリス間の通行料は一律で支払っていただくことになりますし、領土内に着陸する場合の場所の規定や、都市の上空を飛ぶことはできないことを留意いただく必要がございます」

 不慮の事故による被害の軽減、着陸に伴う諍い等の懸念から、空路は居住区域から逸れるように飛ぶ必要があるとのこと。

 平時であれば空路の提出を要求し、審査を行なってから許可を出すとのことだが、現状を鑑みて特例的な許可を出た。

「柔軟な対応ありがとね」

「はは、お越しになられたのがシュトラ様、というのもありますよ」

 誰かのために差し伸べた手は、信頼という形で結ばれる。


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