「では出立だ!」
守護騎士隊を率いたレオニスが、スィルトホラ領を出たのは、明くる日のこと。
急を要する事態ではあるものの、馬を潰してしまうわけにはいかず、
(しかし…、…シュトラさんが防塁門にまで来ていたとは)
レオニスは再会の機会を逃してしまったと悔やみながら、愛馬の背に揺られる。
(…ただ気掛かりなのは、キニガスの事を忘れていたという事実。それなりに言葉を交わしていたのに、もう記憶から消え去っていると考えると…僕のことも覚えていない、かもしれないね)
杞憂で終わってほしい、その願いは叶わない。
―――
それから明後日。
「あたしと荷物、空荷車の軽量化は終わったよ。運搬は大変だと思うけれど、みんなよろしくね!」
「「はい!」」
曳航役の羽人族は4名。共巣内での安全規定で、空荷車は4名で曳くことを義務付けられている。
内二名は魔女であり、風を操る魔法を得意とし、航行を迅速に行うために選出されたのだとか。
曳航役とは別に、クーヴァとクリソピネの部下から、羽人族1名ずつ同行する。こちらはシュトラに代わって、交渉を行いそれらを伝達する担当だ。
「シュトラ魔女、航行中は大きな動きをなさらぬようお願いします。荷物の運搬に関しての経験はありますが、誰かを載せることは初めてですので」
「りょーかい!」
外套を羽織り、腰には鉤縄を装備したシュトラ。
彼女が空荷車へと乗り込み、ちょこんと腰を下ろすと、一同はサラシペオンへの供歌を口遊み、旅の安全を祈る。
「おおぉぉ、初めて飛んだかも!」
「乗り出さないでくださいね!」
「わかってるー!」
空荷車から眼下を眺めたシュトラ。
飛ぶことのできない翼の退化した羽人族である彼女は、陸を離れるのが初めてで、興奮気味に瞳を輝かせていた。
スィルトホラの都市を避けるようにシュトラ一行が農村区上空を飛んでいくと、畑作を行う民らはアレはなにかと騒ぎ立て話し合う。
数十年前の戦を知る者が見れば、空荷車が駆ける姿は恐怖そのものであっただろう。
戦時の空荷車は、羽人族が火油壺や落石の補給を行うための輸送隊であり、高所に陣取る難攻不落の倉庫だ。
とはいえ時代や人は代謝する。
羽人族も純人族も、空荷車を戦の道具とは思わず、シュトラ一行は過ぎ去っていく。
「ムネリナ、私達のお役目を終えに行きましょう」
「うん。あの子も寂しがってると思うし」
「ですね」
スケフィナとムネリナは家事を終え、シュトラの自宅を懐かしむ。
「「……。」」
「先生、」
「大丈夫、スケフィナ。先生は一人じゃない」
「ええ、そうですね」
双子は姿を消した。最初からそこにいなかったかのように。
―――
レオニス一行は順調に足を進め、プロボドリス領を目前としていた。
「随分と…舗装道の破損が見られますね」
「ああ、この調子だとプロボドリスは酷いものだろう。急いで向かいたいところだが、こちらも安全に気を使って歩みを進めよう」
「はい!」
領境に流れる河川に到着したレオニスらは、一目で分かるほどに状態の悪い橋を目にし歩みを止めていた。
「副隊長、…迂回しますか?」
「迂回、迂回か…」
考え込んだレオニスは、愛馬から降りて橋へと足を向ける。
「皆は待機を」
「お気をつけて」
警戒を露わに橋を進むレオニスは、鞘で石橋を叩きながら状態を確かめていく。
橋の高さは
(橋の状態は……見た目ほど悪くない、か。手間は掛かってしまうが、少数ずつで運搬することで安全に進めそうだ)
レオニスが振り返り輸送隊へと戻ろうとすると、後方の空の彼方から不思議な飛行体を発見し目を細めた。
(アレは…、羽人族?あぁそうか、“白糸の鉱坑”へ支援を行う為の。シュトラさんは…、いないよね。飛ぶ必要があるし)
少しばかり肩を落としたレオニスだが、羽人族が外部と交流を持つようになったのが、誰の影響かと考えて笑みをこぼした。
「ッ!?」
戻っている最中、ぐらりぐらりと大地が揺れてレオニスがバランスを崩す。
(拙い、こんな時に地震が起きるなんて、――――ッ!?)
「副隊長ー!?」
小さくない…いや、大きな揺れで、状態の悪い橋は傾き崩れ始め、レオニスの顔から血の気が引いていく。
(―――こんなところで)
崩落する橋に巻き込まれる中、彼は空の彼方から落下してくる魔女の姿に目を丸くした。
いるとは思っていなかった魔女。飛ぶことの出来ない魔女。そして、恋心を向ける魔女。
倒壊する橋の瓦礫と、砂煙の匂いに僅かな既視感を覚えながら、レオニスは手を伸ばす。
「間に合って!!」