-二日後。予定通り、俺の教育係達が遠路遥々やって来た。…その二人を見て、また俺は驚く事になる。
「お初にお目にかかる、ブルーノ殿。
私は、ラカン・ボルグスと申します」
まず、背丈が2mくらいある筋骨隆々とした中年男性が俺に手を差し出した。…恐らく、この国でその名を知らない者は居ないだろう。
当然、原作でも彼は登場するがその最期はとても悲惨だ。…なにせ、スタンピードの恐ろしさをプレイヤーに伝える為だけに、モンスターの大群に突っ込む事になるのだから。
「初めまして、ブルーノ様。
ワタクシは、レモン・ロエイドと申します」
次に、金髪の成人女性が貴族子女特有の挨拶をしながら名乗った。…当然こちらも有名人であり、その最期は実に『ざまぁ』なモノだ。
「…まさか、『王国の一番槍』と呼ばれた第一突撃部隊の隊長殿と、第二王女殿下や我が姉の魔術指導役を務めた方に、指導をしていただけるなんて」
「なに。私の右腕でもある貴殿の兄に、指導を頼まれたのでな」
「ワタクシも、殿下の次に優秀な弟子である貴方のお姉さんに『大事な弟の指導は先生にしか頼めません』って、頭を下げらたの」
「…二人がそんな事を」
それを聞いて、俺は心が温かくなる。…本当にこの家の人は、家族を大事に思っているんだな。
「さあ、鍛練を始めようではないかっ!
まず、午前は私が担当するっ!」
「そして、お昼を挟んだらワタクシの番となります」
「分かりました。
では、裏庭に案内します」
すると、指導役二人が時間割を告げたので俺は鍛練にぴったりな場所へ案内を始める。…それにしても、まさかこの二人が伯爵家の子供達と繋がりがあったとは。
原作だと、そんな設定はなかった筈だが。…まあ、指導役としては間違いなく最高だから良いんだが。
「-おお、ここがトゥオース伯爵家自慢の裏庭かっ!話に聞いていた通り、十分過ぎるほどの広さではないかっ!」
そんな事を考えている内に、鍛練の場である裏庭に到着した。すると、槍の指導役は感動した様子でそんな事を言った。
「それに、周りに木々が無いので安心して雷の手解きが出来ますね。…本当、彼女が言った通り『どちらの鍛練』もやり易い場所だ」
どうやら、ここの子供は家の事も愛しているようだ。…こんな素敵な場所を守る為にも、なんとしても強くならねばならない。
「若様」
決意を漲らせていると、男性使用人が木製の長いケースを持って来た。そして、彼は立ったままケースを開いてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺は礼を言い、中にある使い込まれた槍を取り出した。…これは、長男が使っていた練習用の槍らしい。
「ロイエド様、よろしければこちらへ」
「あら、助かりますわ」
そのタイミングで、女性使用人が魔法の指導役をテラスへと案内する。そして、槍の指導役は俺と同じ得物を受け取ると、それを地面に対して垂直に立てた。
「さて、貴殿が一番最初に学ぶのは正しい構えだ。
さあ、私の模倣をしてみると良い」
「はいっ!……っ」
とりあえず、言われた通り自分の槍を地面に立てる。…すると、練習用の槍は意外と重い事に気付いた。
「…うむ。初めてにしては上出来だ。
…ちなみに、大体の練習用武器の重量は、本物と同じになっている」
「…感覚の『ズレ』が起きないようにする為ですか?」
「その通り。
では、次は基本の構えだ」
すると、指導役は両手で槍を持ち深く腰を落とした。流石、ベテランだけあって動きに無駄がなく構えも堂々としていた。
「…よっ。…と」
「まあ、最初はそんなものだ」
「はい」
そして、俺も同じような動作で槍を構えてみるのだが槍の重さに振り回され、フラフラしてしまう。けれど、それを予想していた指導役は励ましてくれた。
「まずは、この二つの構えをしっかりと出来る事を目標としよう。
-その為にも、これからゆっくりと貴殿の身体を槍使いにふさわしいモノにしなければならない」
「…分かりました」
「では、10分間の走り込みからだっ!」
「は、はいっ!」
指導役は、まさに『鬼教官』といった感じでそう言ったので、俺は慌てて走り込んだ。…なんとなくこうなる予感がしたので、しっかりと準備体操しておいたのは正解だった。
そんな事を考えながら、俺は広大な裏庭を走り続けた-。
「-良し、今日はここまでだっ!」
「…あ、ありがとう、ございました」
その後も、指導役は次々と基礎鍛練メニューを出してきた。…おかげで、午前の指導が終わる頃かにはぐったりするハメになった。
「…わ、若様。だ、大丈夫ですか?」
「…今は、動く気力がない」
そのまま地面に座ろうとすると、いつの間にかお付きのメイドはレジャーシートらしき物を敷いていた。そして、持っていたカゴから素早く水筒っぽい物を取り出し、冷たいドリンクを用意した。…やはり、プロのメイドは気配りが凄い。
「さ、ゆっくりとお飲みになって下さい」
「…ありがとう。…っ」
彼女からコップを受け取り、透明なドリンクをゆっくりと飲んでいく。…すると、程よいバランスの塩分と糖分を感じた。
「…美味しいな」
「お口に合って、なによりです。あ、おかわりは如何ですか?」
「…ああ。…なあ、これなんていう飲み物だ?」
おかわりを貰いつつ、ふと『スポドリ』っぽい飲み物について聞いた。…確か原作では、あまりドリンクの種類はなかった筈だ。
「こちらは、王国の友好国である『帝国』の医療機関が開発した『飲める点滴』です。
なんでも、激しい運動の後にこれを飲むと疲れが癒えるとか」
「…っ!へぇ(…そのまんまだな。…それにしても、此処で帝国の名前が出てくるのか)」
表面上は感心しつつ、俺はいろいろと考えていく。…もしかすると、『計画』が上手くいかない可能性があるな。
「うむ、その通りだ。これが帝国から来るようになってから、夏場の訓練での体調不良者がかなり減ったな」
「…凄いですね(出来れば、『どんな人』が作ったのか知りたいな。…せめて、そいつがまともな奴なら良いんだが)」
「-っ!どうやら、丁度ランチが出来たようですね」
そんな事を考えていると、敷地の中にある小さな鐘楼が鳴り響く。…あれは、食事の時間を知らせる物だ。
「本日は、当家のシェフ達が腕によりを掛けてランチを作ったので、是非お二方も同席していただればと思います」
「おおっ、かたじけない。…では、有り難くご相伴に預からせていただくとしよう」
「ふふ、楽しですわ」
「…っと。それでは、私は一旦身体を清めて参りますのでお二方は先に」
「そうさせて貰おう」
「お先に失礼しますわ」
「それでは、ご案内致します」
すると、使用人が指導役達を案内し始めたので俺もメイドと共にシャワールームに向う。…ちなみにだが、この世界の風呂事情は意外と作り込まれている。
まあ、流石に家に風呂があるのは貴族や王族といった特権階級の者達だけだが、街には公衆浴場が存在している。しかも、山奥の小さな村にすらあるのだ。…シナリオライターかマップ担当のどちかかが、相当な風呂好きだったに違いない。
「-それでは、タオルとお着替えはこちらをお使い下さい」
「ありがとう」
そうこうしている内に、俺達は風呂に到着し脱衣場に入る。すると、既に必要な物が用意されていた。
そして、メイドが出たので俺は素早く入る準備を整えシャワールームに入った。
「-失礼致します」
それから数分後。さっぱりした俺は再びメイドと共にやや早歩きで屋敷内を進み、食堂へと到着した。
「遅くなって申し訳ありません」
「なに、丁度メニューが出揃った所だ」
「では、いただきましょうか」
謝りながら直ぐに席に座ると、父親は機嫌良くそう返した。…当然、母親もこちらに微笑みを向けながらランチの開始を告げる。
「…はい」
なんだか良く分からないので、俺はランチに目を向ける。…昨日も思ったが、本当このゲームのご飯ってウマそうだよな。
やはり、最近出たゲームだけあって様々なグラフィックがえげつない程リアル寄りだ。…特にご飯は、こういう貴族の食卓から屋台飯に至るまで、本当に腹が減る。
だから、プレイする時間帯に細心の注意を払わないと凄い飯テロを喰らうハメになるのだ。
「…っ!…重ね重ね、失礼します」
「はっはっはっ。あれだけの鍛練をしたのだから、当然の反応だ」
「本当に、美味しそうですね」
当然、俺の腹の虫は鳴ってしまい少し恥ずかしくなる。すると、二人の指導役はフォローをしてくれた。…一体、どうしてこの二人も機嫌が良いのだろうか?
「さあ、皆の者。遠慮はいらない」
「「「いただきます」」」
疑問は増えるが、当主が後押ししたので俺達はランチを食べ始めた。…そして俺だけ、まるで予想されていたかのように沢山おかわりを出された-。