「-それでは、雷の魔術の鍛練を始めます」
「宜しくお願いいたします」
それから約一時間後。時間は午後となり、いよいよ雷の魔術鍛練が始まる。…果たして、こちらはどんなメニューが課されるのか?
「まずは、若様の魔術教養のレベルを確認さていただきます」
「…は、はい」
身構えていると、ふと指導役はそんな事を口にした。…これ、答え次第で鍛練のレベルも変化したりしないよな?
「若様は、これまでに魔術をその目で見た事がありますか?」
「…はい。家の者が、『日常魔法』を使っているのを見た目があります」
その質問に、俺はある意味とても『正直』に答えた。…というのも、俺には別の解答もあるのだ。
まあ、『そんな事』を話したら間違いなく指導役や家の者達は混乱するだろう。…多分これから先、この事はずっと隠して生きて行くのだろう。
「なるほど。確かに、伯爵家の使用人ともなれば日常魔法を使えて当然ですわね。
…これなら、『ファーストステップ』は飛ばしても良いでしょう」
そんな俺の心中を知らない指導役は、納得した様子ゆなる。…そして、とても気になる事を口にした。
-ちなみに、『日常魔法』とは『日常生活で使えるレベルまで出力を落とした魔法』の事である。…これが生み出されたのおかげで、この世界の生活水準が一気に上がったのだ。
例えば、井戸から水を汲む時水の日常魔法を使えばわざわざ大変な思いをしなくても、簡単に水が運べる。
あるいは、料理の時に手間を掛けて火を起こしていたのが、火の日常魔法によって調理時間の短縮とより安全な食事が可能になった。
極めつけは、土の日常魔法だ。これは、主に建築の時に用いられる。当然だが、この世界に建築用の重機なんて物はない。
だから、かつての住居は木造の平屋がほとんどであり王族や貴族だけが背の高い家に住む事が出来たようだ。
しかし、土の日常魔法が生まれた事で重く丈夫な素材で背の高い建物を造れるようになったのだ。
「では、当然『聖霊』を見た事はありますよね?」
「はい」
そんな基礎知識を思い出していると、魔術の指導役は更に確認してきた。…そう。この世界の魔術は、『聖霊』と呼ばれる存在の力を借りる事で使う事が出来るのだ。
「分かりました。
-ならば、早速彼らを召還してみてくださいませ」
「…っ!は、はい」
明らかに数段飛ばしてそうな課題に、とりあえず頷いて意識を手に集中する。…確かゲームだと、魔力は手に集めるのが一番簡単という設定になっているからだ。
そして、魔力の扱いにおいてもっとも大事なのは強い想像力だ。…これは、実際にイベントのムービーで見ているのでそれを思い出す。
「……っ!」
すると、僅かだか右手に黄色の光が集まるのを感じた。…そういえば、魔力の色は扱える属性と同じ色だったな。
「…あっ」
そして、だんだん魔力が集まって来るとそれに合わせて黄色く小さな光が一つ二つと現れる。…これが雷の聖霊だ。
「…素晴らしいですわ。流石は、あの娘と同じ血が流れているだけはありますね」
「ありがとうございます」
それを見た指導役は、感心した様子で拍手をしてくれた。…なんとか、最初の課題はクリア出来たようだ。
「この調子なら、一年もすれば基礎の技は全て習得出来るでしょう」
「…本当ですか?」
「ええ。私が保証致しますわ。
では、早速全ての基礎となる技を教えましょう」
「お願いいたします」
「まずは、その状態をより強いモノにするのです」
「…はい」
そう言われたので、俺は慎重に手へと魔力を流していく。…初めて召還した聖霊は、急に魔力が増えるとビックリして消えてしまうのだ。
「-っ!」
時間を掛けて魔力を増やしていくと、徐々に聖霊の数が増えていった。…そして、遂に聖霊達が手に吸い込まれていく。
-次の瞬間。手から、小さい雷のエフェクトが発生した。これが、雷の魔法の全ての基礎となる物だ。
「…そうです。それが、属性魔法使いが最初に習得すべき『エレメントハンド』の一つである、『エレキハンド』ですわ」
「…これが」
俺は、心の底から感動していた。…だって、今俺は正真正銘魔法を使っているのだから。感動しない方が、どうかしている。
「それにしても、若様は魔力の扱いがお上手ですわね。…もしかして、誰かが魔法を使っているのを良く観察しておられたのですか?」
「は、はい」
「やはり、若様はとても勉強熱心ですのね」
とりあえず頷くと、指導役は微笑みを浮かべながらそう言った。…まるで、俺の事を良く知る誰かから聞いた口振りだ。
「…あの、もしかして?」
「ええ。実は、私の二番弟子より若様の事を聞いておりましたの。
『-私の弟は、新しい事を知るのがとても好きなんですよ』…とね」
「……」
ふと聞いた『昔の事』に、俺は複雑な思いを抱く。…果たして、『本当の彼』はどうなってしまったのだろうか?
やはり、『俺』が入った事で存在が無くなったのか?それとも、微かに残っているのか?
「…ふふ、お姉様が恋しくなってしまいましたか?」
「…そう、ですね」
すると、こちらの顔を見た指導役は都合の良い勘違いしてくれた。…なので、俺はぎこちない笑顔を作り頷いく。
「…本当に、貴方達三人は仲が良いですね。私は、従姉はいれど一人っ子だったので羨ましい限りです」
「…ありがとうございます」
確かに、指導役に兄弟姉妹は居なかった。…だからこそ、あの『最強の弟子』を妹のように溺愛してしまったのだろう。
「さあ、続きと参りましょう」
「はい」
「お次は、ボルトハンドを維持したまま新たに聖霊を取り込むのです。
それと同時に、『大きな玉』をイメージしてみなさい」
「…っ!はい-」
次の課題が出たので、言われた通りにやってみる。…確かこれは、基本の攻撃魔法だ。
「-……っ」
やがて、手の前に硬式野球の玉ぐらいの黄色い玉が現れた。…正直、これを維持するだけでどんどん魔力を消費していくのを感じる。
「よろしいですわ。
それが、初級の攻撃魔法である『エレキバレット』ですわ」
「…なるほど」
「…ああ、もう結構ですわ」
「…はい。…ふう~」
魔法を消して良いと言われたので、直ぐに玉を消した。当然、聖霊達も手から飛び出してしまう。…だが、聖霊達はずっと俺の周りに漂っていた。
「…あら。初めて召還なされたのに、随分聖霊に『気に入られ』ましたわね」
「…こんな事って、あるんですか?」
それを見た指導役は、興味深い様子でそんな事を言う。…一方、俺は初めて見る現象に驚いていた。
何故なら、ゲームだと一度魔法を解除するとリキャストタイムが発生するからだ。…それをこちらの常識に当てはめると、聖霊は再度召還しなければならない事になる。
「…私が知る限り、六名居ますわ。
-そしてそのほとんどが、知らぬ者は居ない程の大魔導士となっていますわ」
「…もしかして、第二王女殿下もその中に?」
「ご明察ですわ。…本当、あの方は私の自慢の弟子ですわ」
「……」
指導役は、うっとりしながら第二王女の凄さを語る。…本当、傑物だと思う。そして、俺はそんな存在を攻略しなければならない。
「では、今度は聖霊を両手に」
「…はい」
気が重くなっていると、指導役は新しい課題を出してきた。なので、俺は気持ちを切り替えて鍛練に集中するのだった-。