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第3話

暗くなると、ゴミ袋を抱えた和樹がようやく下へ降りてゴミを捨てる。


ソファにもたれて一息つくと、LINEを開いた。


最新の投稿は、青い機械仕掛けのクマのアイコン。高尾山の夕焼けの写真だった。


中央に写るのは、女性がいちご大福の箱を差し出す横顔のシルエット。


その美しい光と影の構図に、和樹の瞳がかすかに揺れる。


拓真の連絡先は、彼が苦労してようやく手に入れたものだった。


繋がったあと、投稿された「フレンチ名店のいちご大福が恋しいな~」の一文を見て、彼はようやく、凛子がなぜあれほどまでにそれを買っていたのかを理解する。


少しずつ、他の手がかりも浮かび上がってきた――


彼女がこだわって指定したブランド品、彼に贈ってくれた花束、部屋に置かれた小物たち……


すべて、拓真のLINE投稿で同じものを見たことがあった。


凛子は、彼を忘れるために付き合ったはずが、気づけば彼の影を深くなぞっていた。


――和樹を、完全な“代用品”として。


和樹は深いため息をつき、複雑な感情を瞳に宿した。


痛みにすでに慣れたのか、不思議と悲しみはこみ上げてこない。


彼は鈍く重い胸を押さえ、立ち上がって冷蔵庫を開け、きゅうりを洗ってゆっくりと齧った。


壁の時計が午前0時をまわる頃、ようやく凛子が帰ってきた。


手ぶらで、朝の約束なんてすっかり忘れている。


室内を一瞥し、彼女は少し眉をひそめた。「なんか、減ってない?」


「午後に、いらないものを少し片付けた」


彼女は軽くうなずき、袖口のボタンを外しながら、特に気にも留めなかった。


和樹は目を伏せた。


少しでも気にかけていれば、消えたもののほとんどが彼の私物であり、自分がこの部屋を出て行こうとしていることに気づけるはずだった。


けれど、彼女の視界には拓真しか映っていない。それが現実だ。


――ルームシェアの相手に毛が生えたような「彼氏」の変化など、誰が気にするだろう?


そんな皮肉を胸に浮かべていると、不意に凛子が口を開いた。


「あの、ストレス解消グッズって、どこでオーダーメイドするの?ああいうの、よく分からなくて」


ちょうど昨晩、拓真がLINEに「欲しい」と投稿していたものだった。


彼女はそれを見て、今日にはもう贈ろうとしている。


和樹は少し間を置いてから、静かに答えた。


「最近流行りだしたばかりで、注文ルートはまだ安定してない。俺が作れるから、任せて」


彼が作れると聞いた凛子は、一瞬だけ複雑な顔をした。


恋人に、別の男へ贈るものを作らせるのは、さすがに躊躇いがあるのだろう。


それでも、拓真を喜ばせたい気持ちが勝ったのか、彼女はうなずいた。


「じゃあ、仕様と画像送るね」


「ああ」

和樹は彼女に赤くなった目尻を見せまいと背を向けた。


彼は拓真の投稿に添えられていた画像を見ながら、徹夜で製作に取りかかった。


翌朝、凛子が出かける前に、彼は完成品を手渡した。


彼の真っ赤な目を見て、彼女は珍しく少しだけ心を痛めたようだった。「ありがとう」


和樹は首を振り、疲れた声で言った。

「気に入ってくれたら、それでいい」


彼女はそれ以上言わず、すぐに玄関へ向かった。


その背中を見送りながら、彼は誰にも届かぬように小さくつぶやいた。


「……餞別だと思ってくれればいい」


その日、凛子はついに一晩帰らなかった。


彼女は何も気づかず、授業の合間には拓真と過ごし、朝早くに出て、夜遅くまで帰ってこなかった。


和樹はもう何も言わず、部屋の整理を続けていた。マンションは、日を追うごとに物が減っていった。


数日後、冬物を整理していたとき、電話が鳴った。


「和樹?凛子姉が酔っぱらってさ、今カラオケにいるんだけど、迎えに来てもらえる?」


――酔ってる?彼女は普段、絶対に酒なんか飲まないのに。


和樹は眉を寄せ、深く考える間もなくスマホを持ってタクシーに飛び乗った。


店は近く、20分ほどで指定の個室に着いた。


扉は少し開いていた。そっと隙間を押し広げると――


そこには、拓真の胸に身体を預けた凛子の姿。


二人は頬を寄せ合い、ひどく親密だった。


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