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第4話

カラオケボックスに足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは、親密な光景だった。


和樹の胸がきゅっと締め付けられる。深く息を吸い込み、彼は一歩踏み出した。


「こんばんは。凛子の彼氏、和樹です」


拓真は軽く握手を返し、腕の中の鈴木凛子を起こそうとした。「凛子、彼氏が来てるよ。起きて」


けれど、酔いで意識の薄い凛子は、むしろその腕にさらに身を寄せて、甘えるように言った。


「……彼氏は……拓真くん……だもん……」


空気が凍りついた。周囲の友人たちの表情も凍りつき、気まずさが立ち込める。


和樹は表情を変えず、鞄から数錠の薬を取り出した。


「酔ってるね。これは酔い覚め。少し落ち着いてから帰ろう」


薬はすぐに効き始め、凛子の目にも次第に正気が戻った。


和樹の顔を認識した瞬間、彼女は慌てて伊藤の腕から身を引いた。


「……ごめん。今の、間違えただけ」


和樹は淡々と、唇の端をわずかに上げた。

「うん、知ってる。帰ろうか」


凛子はうなずき、上着を取ろうとしたが、酔いの残る友人たちが立ちはだかった。


「もう帰るの?凛子、あんたいつも研究ばっかで全然遊んでくれないし、今日は拓真が来るからって呼び出したんだよ?水差さないでよ!」


そう言って叫んだのは、田中舞という女の子だった。


「これからが本番だよ?今抜けるの、本当空気読めないわね!」


そう言いながら、彼女たちは凛子を強引に席へと押し戻した。


「今日は本気で行くよ!ロシアンルーレット、スタート!指された人は、何か秘密をひとつ暴露するルールね!」


凛子も特に抵抗する様子はなく、視線を和樹に向けた。


彼は感情の読めない顔でひと言。

「……いいよ、やれば」


ルーレットが回る――最初に止まったのは、凛子。


「ヤバい!初回からいきなり凛子!」


「じゃあ軽めにいこっか。スマホの連絡先と、LINEのピン留め見せてよ!」


簡単なリクエストに見えて、凛子は沈黙した。


田中舞たちはさらに盛り上がる。


「え~?そんなの簡単でしょ?彼氏いるんだから、当然ピン留めは和樹くんでしょ!」


凛子は淡々と返した。

「分かってるなら、別のにして」


それでも彼女たちはしつこく、隙をついてスマホを奪い取った。


ピン留めをタップすると、そこに表示された名前は――伊藤拓真。


場の空気が一気に凍りつく。


凛子は無言でスマホを取り返し、立ち上がった。

「……ちょっと、トイレ」


十分、いやそれ以上経っても戻ってこない。


体調を心配した和樹は、席を立って外へ向かった。


そして、トイレの前で聞こえてきたのは――彼女の怒りを抑えた声。


「……酔ってるけど、意識はある。麻衣、なんであえて私に酒を回したの?それに、あんな要求まで……」


「凛子、あんたが拓真を好きなことなんて、みんな知ってるよ?自分で言えないなら、代わりに私がやるしかないじゃん」


「和樹くんだって可哀想だよ?はっきりさせれば、彼も身を引くでしょ?」


「……私のことは、私が決める。勝手なことしないで」


そのやり取りを聞いていた和樹は、苦笑を浮かべた。


目元が少し熱を帯びた。


彼はトイレに入り、水をすくって顔を洗い、深呼吸をしてからスマホを取り出し、凛子に一通のLINEを送った。


「外で待ってる」


まもなく、彼女が出てきて、何も言わずにバッグを取って下へ降りた。


ちょうどそのタイミングで、和樹のスマホに母からの電話がかかってきた。


しばらく他愛ない話が続いたあと、最後にこう尋ねられた。


「準備、もうできてるの?」


和樹は無感情な声で答えた。


「……うん。いつでも出発できる」


その言葉が終わった直後、背後から凛子の声が重なった。


「出発?……どこへ行くの?」



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