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第7話

ホラーハウスを飛び出した拓真は、まだ動悸が収まらず、胸を押さえて呼吸を整えていた。


さっきのキスを思い出すと、顔が熱くなる。


彼は頬を染めたまま、冗談めかして凛子をにらんだ。


「凛子、あれはやりすぎだって!


俺のこと心配してくれたのは嬉しいけど、和樹の前であんなことされたら、誤解されるよ」


駆け出していたせいで、凛子は和樹が見ていたかどうか確信が持てず、何も言わなかった。


拓真はホラーハウスの閉じられた扉を見やりながら、さらに続ける。


「でも、あのミッションって絶対じゃん?和樹、一人でどうやってクリアしたんだろう?


……まさか、誰かに適当にキスして出てきたとか?」


凛子は小さく首を振った。


「しないよ。あの人、私以外、目に入らないから」


拓真は少し驚いたように目を見開いた。「そんなに自信あるんだ?」


「うん。彼、私のことが本当に好きだから」


――その言葉を、ちょうどホラーハウスから出てきた和樹が聞いていた。


汗で乱れた前髪を整えながら、彼は微かに口元を歪める。


そうか、分かっていたのか。


自分の気持ちを知った上で、それでもなお、こんなにも無神経に人を傷つけられもんだな――


「……出てきたんだね!」


拓真が嬉しそうに駆け寄り、親しげに彼の腕を取った。


だが和樹はさりげなく距離を取り、淡々と答えた。


「簡単だよ。ミッションを放棄すれば、スタッフが出してくれるんだ」


「えっ、放棄ってできたの!? じゃあ俺たち、なんで……」


拓真が凛子を見る。


凛子はすぐに言葉を挟んだ。


「……ごめん、私、心配しすぎて……あんなことを」


頬を赤らめた拓真は、ためらいながらも和樹に尋ねた。


「でもさ、和樹さえ気にしないなら……別にいいよね?


だって、凛子と俺、昔から“おままごと”とかで何度もキスしたし。


あれもふざけてたようなもんだし、深い意味なんてないよ?」


――茶化すような空気、軽いノリ。


そんな中、和樹はただ無言で出口の方へ歩き出した。


恐怖と疲労で拓真も限界だったのか、「じゃあ、先に帰るわ」と言い残して先にタクシーへ乗り込んだ。


その背中を見送りながら、凛子が和樹を振り返る。


「……疲れたでしょ?

どこかでごはん食べない?洋食がいいな」


さっきのキスへの罪悪感――


和樹には、その急な優しさが償いに見えていた。


彼女なりの配慮なのだろう。


だが、もうどうでもよかった。


「ああ、いいよ」


二人は近くのフレンチレストランへ。


凛子が予約したのは、二階の個室。窓の外には、煌びやかな東京の夜景。


テーブルの上には揺れるキャンドル。


けれど、和樹の視線は、花瓶の中に活けられた黄色いバラに釘付けだった。


凛子は話題を探そうとしていたが、ふとLINEの通知音に気づき、スマホを開いた。


その瞬間、彼女の顔色が変わり、慌てて立ち上がる。


「……ちょっと急用ができた。ごめん、一人で食べられる?」


和樹は彼女を一瞥したが、何も聞かずにうなずいた。


凛子はコートをつかみ、足早に店を出ていった。


入れ替わるように、ウェイターが注文したばかりの料理を運んできた。


事情を知らぬ彼は困惑した様子で辺りを見渡す。


和樹は何も言わず、ナイフとフォークを手に取り、黙って食事を始めた。


午後七時、食事を終えた彼はタクシーを呼び、スマホで何気なくLINEのタイムラインを更新した。


一番上に出てきたのは――拓真の投稿だった。


写真には病院のベッド、そして包帯で何重にも巻かれた足。うっすらと血が滲んでいる。


「運が悪すぎる……追尾事故に巻き込まれて、帰国早々入院」

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