十数時間のフライトを経て、
和樹はついにパリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着した。
到着ゲートでは、両親が待っていた。
和樹の姿を見つけると、父が大きく手を振った。
「和樹! こっちだ!」
半年ぶりの再会。
その顔を見た瞬間、胸に渦巻いていた感情が一気に軽くなった気がした。
彼は急いで駆け寄り、二人をぎゅっと抱きしめた。
「お父さん!お母さん! 待たせたでしょ?」
父は笑いながらスーツケースを受け取り、母は彼をぎゅっと抱きしめ、頬にキスを落とした。
「そんなに待ってないよ。
それより、長旅で疲れたでしょう?」
母の胸に顔を埋めながら、和樹は甘えるように声を出した。
「もう、ヘトヘトだよ。
お母さん、ぼくの傷ついた心にご飯で癒やしをお願いね!」
母は肩を軽く叩きながら、優しく笑った。
「まったく、甘えん坊なんだから。
食べたいものがあったら、なんでも言ってごらん」
三人で笑いながら、家へと向かった。
父は荷物を置くとすぐキッチンへ直行し、料理の準備を始めた。
母は和樹を寝室へ案内する。
陽光がたっぷり差し込むその部屋に、きちんと整えられたベッド。
和樹はスーツケースを放り出すと、勢いよくベッドに飛び込んだ。
「うわ、ふっかふか! お母さん、やっぱりわかってるね!」
母は笑って言った。
「疲れてるでしょ? 少し休んで。ごはんができたら起こすから」
「うん……」
そう答え、彼は大きく伸びをしてベッドに体を預ける。
柔らかな布団からは陽だまりの匂いがして、張り詰めていた神経がふっとほどけ、やがて深い眠りに落ちていった。
一方その頃――
料理の支度を終えた父が様子を見に行くと、和樹はすでに眠っていた。
父はそっとカーテンを引き、部屋を暗くする。
そのとき、棚の上に置かれたスマートフォンが震えた。
音が彼を起こさないよう、父は急いでスマホを手に取り、部屋を出てドアを静かに閉めた。
キッチンへ戻ると、スマホはまだ鳴っていた。
ふと画面を覗くと、そこには「凛子」の文字。
父の顔色が変わる。
母に目配せすると、母も一目見て、鍋の手を止める。表情が曇った。
二人は無言で見つめ合い、
父は意を決して通話ボタンを押した。
すぐさま、怒気を孕んだ声が飛び込んでくる。
「和樹! 一体どういうつもり!?」
その迫力に圧されてか、二人は無言を貫く。
「どこにいるの!? 住所送ってよ! 直接会って話すから!」
しばしの沈黙のあと、母が静かに口を開いた。
「……申し訳ないけど、今は無理よ。和樹はフランスに来ています。
彼が目を覚ましたら、またご連絡ください」
それだけ言って、通話を切った。
何事もなかったように、鍋の前に戻る。
そんな様子に父は声を荒げた。
「ちょっと、あの子……誰なんだよ?和樹にあんな口きくなんて、君は心配じゃないのか!?」
母はちらりと目を向けて言う。
「シーッ……子どもが帰ってきてるのよ? 今さら心配しても遅いわ。
まずは腹ごしらえ。それが一番大事!」
その一言に、父は唸りながらも納得し、手伝いに戻った。
四十分後。
テーブルには六品の料理が並び、母が寝室をノックする。
「ご飯できたわよ。起きなさーい!」
和樹は目を覚まし、無意識に手を伸ばしたが、
ベッドサイドにあるはずのスマホがない。
「あれ、母さん……スマホ、どこ?」
父はバツが悪そうに妻を見ると、苦笑してスマホを差し出した。
「ほら、ここにあるよ」
スマホを受け取り、和樹が時間を確認しようとしたその瞬間――
両親がぐっと顔を近づけて、同時に口を開く。
「和樹。 “凛子”って、誰なの?」