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第11話

十数時間のフライトを経て、


和樹はついにパリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着した。


到着ゲートでは、両親が待っていた。


和樹の姿を見つけると、父が大きく手を振った。


「和樹! こっちだ!」


半年ぶりの再会。


その顔を見た瞬間、胸に渦巻いていた感情が一気に軽くなった気がした。


彼は急いで駆け寄り、二人をぎゅっと抱きしめた。


「お父さん!お母さん! 待たせたでしょ?」


父は笑いながらスーツケースを受け取り、母は彼をぎゅっと抱きしめ、頬にキスを落とした。


「そんなに待ってないよ。

 それより、長旅で疲れたでしょう?」


母の胸に顔を埋めながら、和樹は甘えるように声を出した。


「もう、ヘトヘトだよ。

 お母さん、ぼくの傷ついた心にご飯で癒やしをお願いね!」


母は肩を軽く叩きながら、優しく笑った。


「まったく、甘えん坊なんだから。

 食べたいものがあったら、なんでも言ってごらん」


三人で笑いながら、家へと向かった。


父は荷物を置くとすぐキッチンへ直行し、料理の準備を始めた。


母は和樹を寝室へ案内する。


陽光がたっぷり差し込むその部屋に、きちんと整えられたベッド。


和樹はスーツケースを放り出すと、勢いよくベッドに飛び込んだ。


「うわ、ふっかふか! お母さん、やっぱりわかってるね!」


母は笑って言った。


「疲れてるでしょ? 少し休んで。ごはんができたら起こすから」


「うん……」


そう答え、彼は大きく伸びをしてベッドに体を預ける。


柔らかな布団からは陽だまりの匂いがして、張り詰めていた神経がふっとほどけ、やがて深い眠りに落ちていった。


一方その頃――


料理の支度を終えた父が様子を見に行くと、和樹はすでに眠っていた。


父はそっとカーテンを引き、部屋を暗くする。


そのとき、棚の上に置かれたスマートフォンが震えた。


音が彼を起こさないよう、父は急いでスマホを手に取り、部屋を出てドアを静かに閉めた。


キッチンへ戻ると、スマホはまだ鳴っていた。


ふと画面を覗くと、そこには「凛子」の文字。


父の顔色が変わる。


母に目配せすると、母も一目見て、鍋の手を止める。表情が曇った。


二人は無言で見つめ合い、


父は意を決して通話ボタンを押した。


すぐさま、怒気を孕んだ声が飛び込んでくる。


「和樹! 一体どういうつもり!?」


その迫力に圧されてか、二人は無言を貫く。


「どこにいるの!? 住所送ってよ! 直接会って話すから!」


しばしの沈黙のあと、母が静かに口を開いた。


「……申し訳ないけど、今は無理よ。和樹はフランスに来ています。

 彼が目を覚ましたら、またご連絡ください」


それだけ言って、通話を切った。


何事もなかったように、鍋の前に戻る。


そんな様子に父は声を荒げた。


「ちょっと、あの子……誰なんだよ?和樹にあんな口きくなんて、君は心配じゃないのか!?」


母はちらりと目を向けて言う。


「シーッ……子どもが帰ってきてるのよ? 今さら心配しても遅いわ。

 まずは腹ごしらえ。それが一番大事!」


その一言に、父は唸りながらも納得し、手伝いに戻った。


四十分後。


テーブルには六品の料理が並び、母が寝室をノックする。


「ご飯できたわよ。起きなさーい!」


和樹は目を覚まし、無意識に手を伸ばしたが、


ベッドサイドにあるはずのスマホがない。


「あれ、母さん……スマホ、どこ?」


父はバツが悪そうに妻を見ると、苦笑してスマホを差し出した。


「ほら、ここにあるよ」


スマホを受け取り、和樹が時間を確認しようとしたその瞬間――


両親がぐっと顔を近づけて、同時に口を開く。


「和樹。 “凛子”って、誰なの?」

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