和樹の投稿を目にした拓真は、すぐさま凛子に電話をかけ、真偽を確かめようとした。
だが、まるでこの世から消えてしまったかのように、彼女からの応答は一切なかった。
これまでにない異常事態に、拓真の胸は不安でざわついた。
彼はLINEで何通もメッセージを送り続けた。
だが、七~八時間が経っても既読がつくことはなく、返事も来ない。
ついにしびれを切らし、和樹に「驚き」のスタンプを送ってみた。
「本当に凛子と別れたの?どういうこと?」
五分後、返信が届いた。
「フランスに留学してる。遠距離恋愛は疲れたから、もう続けたくなくて別れた」
その短い文章を読んだ瞬間、拓真の口元は抑えきれずに緩み、目には喜びが浮かんでいた。
二人が別れたということは、これからは凛子が素直に自分の側にいるだろう。
無理に二人を引き裂く手間ももう必要ない。
そう心の中で計算しながらも、送ったメッセージにはあくまで残念そうな調子を装った。
「実は、ずっと君たちがうまくいくと思ってたんだ。別れたなんて残念だよ。
でも、気持ちは分かるよ。凛子は冷たい性格だから、俺たち幼なじみ以外とは親しくできないしね。この数年、本当に大変だったよな。
留学、頑張って」
そんな遠回しに貶すような言葉にも、和樹はただ「ありがとう」とだけ返した。
拓真は、もはや“敗者”に構っている時間はないとばかりに、すぐスマホを手にして凛子の家へと向かった。
だが――留守だった。
固く閉ざされた玄関を見つめ、彼の眉はひそめられた。
――一体どこへ行ったんだ?
とにかく会いたい。
その思いから、近所の喫茶店で個室を取り、待つことにした。
だが、その「待ち」は十数時間にも及び、ようやく翌朝になって、ふらふらと帰宅する凛子の姿を目にした。
慌てて階段を駆け下り、彼女の前に立ちはだかるようにして言った。
「凛子、どこ行ってたんだよ?メッセージも電話も全部無視して……」
その詰め寄るような口調に対し、極度の疲労に襲われていた凛子は、もはや応える力すら残っていなかった。
「ちょっと……用事があっただけ」
ただそれだけを告げ、家に入ろうと背を向けた。
そのそっけなさに、拓真は明らかに不機嫌になり、唇を尖らせて語気を強めた。
「そんな大事な用事って何?……もしかして、もう俺のことなんてどうでもいいの?」
その言葉に、凛子の足がぴたりと止まる。
頭が割れそうなほど痛く、声も冷たくなっていた。
「……疲れてるの。やめて」
十年以上の付き合いの中で、凛子がこんなふうに冷たく、苛立ちをあらわにしたことはなかった。
だが、チヤホヤされてきた拓真には、どうしても受け入れられなかった。
一晩中待たされた苛立ちもあり、感情は一気に爆発した。
「心配してたのに、“やめて”だって!?どうしてそんな冷たくなったんだよ、凛子!」
「私は、最初からずっとこんな人間よ」
そう言い放ち、凛子は「バタン」と玄関を閉めた。
その音に、拓真はわずかに肩を震わせ、目元にうっすらと涙が浮かんだ。
唇をかみしめ、閉ざされたドアを睨みつけ、悔しさに満ちた顔で足を踏み鳴らして走り去っていった。
この四十八時間、凛子は一睡もしていなかった。
東京とパリを三往復し、ようやく帰宅すると、ベッドに倒れこむようにして眠りについた。
その眠りは一日と一夜にも及び――ようやく、強烈な空腹感によって彼女は目を覚ました。
朦朧とした意識のまま立ち上がり、壁に手を添えながら、自然と和樹の部屋へ向かっていた。
扉を開け、「カズキ」と何度も呼びかけるが――返ってくるのは静寂だけだった。
やがて視界がはっきりし、空っぽの部屋の様子が目に入った瞬間、凛子の体はその場で固まった。
足元から冷気が這い上がってくる。
彼女は静かにうつむき、言葉にはせずとも、その肩はかすかに震えていた。
そうだ――忘れていた。
和樹は、もういない。二人はもう、別れたのだ。