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第18話

凛子が振られたあと、深夜に泥酔したという噂が、大学の掲示板を騒がせた。


誰もが予想もしなかった。


あの学園の女神が、まさか恋に傷つくなどと――


ルームメイトがその話題を和樹に転送してきたとき、彼の第一反応は「デマだろう」だった。


ただの別れだ。


凛子が、そこまで落ち込むはずがない。


だが、佐藤陸が送ってきた数枚の写真を見た瞬間、彼は言葉を失った。


酒瓶に囲まれ、ぐったりとした人影――それが彼女だと、すぐにわかった。


周囲の友人たちが次々と訊いてきた。


「カズキ、お前、あんまり凛子のこと好きじゃなかったんじゃなかったのか?なんで彼女、あんなに落ち込んでんの?」


和樹にも、その答えは分からない。


しばらく額を押さえて黙考し、ようやく一つの大胆な推測に至る。


「……たぶん、拓真に告白して、振られたんじゃないか?」


そうでもなければ、彼女があそこまで取り乱す理由が思い当たらなかった。


同じく、写真を受け取っていたのは拓真だった。


友人たちが次々に「お前と凛子、何かあったのか?」と訊いてくる。


写真を見つめるうちに、昨日の彼女の疲れた顔が思い出された。


彼女の態度は少し棘があったが、それも仕方のないことだ。


自分も感情的になり、きつい言葉を投げてしまった。


彼女を幼い頃から知っていて、弱音を吐かない性格だと理解している拓真は、凛子が限界ではないかと悟り、彼女のもとへ向かう決意をした。


現地に到着したとき、凛子はまだ次々と酒を流し込んでいた。


友人たちが止めるのも聞かず、ただひたすらにグラスを満たし続けていた。


彼が姿を現すと、部屋の空気が一変する。


まるで救世主が現れたかのように、皆が口々に呼びかけた。


「拓真、来てくれてよかった!凛子、もう限界だよ。止めてあげて、お願い!」


皆の懇願に、拓真は申し訳なさそうに笑った。


「いやいや、俺なんて、言っても聞く子じゃないし。無理だよ、俺には……」


「何言ってんのよ!凛子が一番言うこと聞くの、拓真だけでしょ?いつだって素直に聞いてたじゃない!」


その言葉に、彼はまんざらでもないように照れた笑みを浮かべて、凛子のそばへと歩み寄った。


酒瓶に手を伸ばし、そっと押さえる。


「凛子、もうやめろ。俺と一緒に帰ろう?」


凛子は、かすんだ目で彼を一瞥した。


そして、無言で彼の手を振り払った。


「放っといて」

その一言で、拓真の顔が凍りつく。


気まずさを感じた周囲が、慌ててフォローに回った。


「リンコ、拓真よ?わからなかったの?」


拓真も、彼女が酔いで自分を認識していないのだと思い、もう一度手を伸ばす。


だが――凛子はその手を激しく払いのけ、声にはっきりと苛立ちを滲ませて言った。


「わかってる。アンタが拓真だってことぐらい。

……でも、触らないで。私は帰らない」


拳を握りしめた拓真の顔色が、見る見るうちに険しくなっていく。


そして、彼女が口にした次の言葉が、部屋の空気を完全に凍りつかせた。


「和樹に電話して。……迎えに来てほしい」


その名を聞いた瞬間、周囲の女子たちが一斉に息を呑む。


――和樹?あの二人、もう別れたはずじゃ……?


まさか、この泥酔も、失恋も、全部あの人のせいだったの?


誰もが拓真の顔を直視できなかった。


その場で凛子にそう言われた拓真の中で、怒りが激しく膨れ上がる。


彼女の口から「和樹」の名が出た瞬間、理性の堤防が決壊した。


「和樹とは、もう終わったんだろ!!」


凛子は、カウンターに顔を伏せたまま、泣きそうな声でつぶやいた。


「……そう、終わった。でも……でも……パリまで行ってお願いしても、だめだった……和樹はもう、私をいらないって……彼は私を……」


彼女のそのうわ言のような呟きに、拓真の脳内に雷が落ちた。


――消えていたのは、パリへ行って復縁を求めに行っていたから?


――この数日の憔悴は、全部和樹との別れのせい?


現実を受け止めきれず、手にしていたグラスを掴むと、凛子の顔に向かって酒をぶちまけた。


声が震えるほどに怒気を含んだ。


「凛子……お前、まさか……和樹のこと、本気で好きになったのか!?」


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