凛子が振られたあと、深夜に泥酔したという噂が、大学の掲示板を騒がせた。
誰もが予想もしなかった。
あの学園の女神が、まさか恋に傷つくなどと――
ルームメイトがその話題を和樹に転送してきたとき、彼の第一反応は「デマだろう」だった。
ただの別れだ。
凛子が、そこまで落ち込むはずがない。
だが、佐藤陸が送ってきた数枚の写真を見た瞬間、彼は言葉を失った。
酒瓶に囲まれ、ぐったりとした人影――それが彼女だと、すぐにわかった。
周囲の友人たちが次々と訊いてきた。
「カズキ、お前、あんまり凛子のこと好きじゃなかったんじゃなかったのか?なんで彼女、あんなに落ち込んでんの?」
和樹にも、その答えは分からない。
しばらく額を押さえて黙考し、ようやく一つの大胆な推測に至る。
「……たぶん、拓真に告白して、振られたんじゃないか?」
そうでもなければ、彼女があそこまで取り乱す理由が思い当たらなかった。
同じく、写真を受け取っていたのは拓真だった。
友人たちが次々に「お前と凛子、何かあったのか?」と訊いてくる。
写真を見つめるうちに、昨日の彼女の疲れた顔が思い出された。
彼女の態度は少し棘があったが、それも仕方のないことだ。
自分も感情的になり、きつい言葉を投げてしまった。
彼女を幼い頃から知っていて、弱音を吐かない性格だと理解している拓真は、凛子が限界ではないかと悟り、彼女のもとへ向かう決意をした。
現地に到着したとき、凛子はまだ次々と酒を流し込んでいた。
友人たちが止めるのも聞かず、ただひたすらにグラスを満たし続けていた。
彼が姿を現すと、部屋の空気が一変する。
まるで救世主が現れたかのように、皆が口々に呼びかけた。
「拓真、来てくれてよかった!凛子、もう限界だよ。止めてあげて、お願い!」
皆の懇願に、拓真は申し訳なさそうに笑った。
「いやいや、俺なんて、言っても聞く子じゃないし。無理だよ、俺には……」
「何言ってんのよ!凛子が一番言うこと聞くの、拓真だけでしょ?いつだって素直に聞いてたじゃない!」
その言葉に、彼はまんざらでもないように照れた笑みを浮かべて、凛子のそばへと歩み寄った。
酒瓶に手を伸ばし、そっと押さえる。
「凛子、もうやめろ。俺と一緒に帰ろう?」
凛子は、かすんだ目で彼を一瞥した。
そして、無言で彼の手を振り払った。
「放っといて」
その一言で、拓真の顔が凍りつく。
気まずさを感じた周囲が、慌ててフォローに回った。
「リンコ、拓真よ?わからなかったの?」
拓真も、彼女が酔いで自分を認識していないのだと思い、もう一度手を伸ばす。
だが――凛子はその手を激しく払いのけ、声にはっきりと苛立ちを滲ませて言った。
「わかってる。アンタが拓真だってことぐらい。
……でも、触らないで。私は帰らない」
拳を握りしめた拓真の顔色が、見る見るうちに険しくなっていく。
そして、彼女が口にした次の言葉が、部屋の空気を完全に凍りつかせた。
「和樹に電話して。……迎えに来てほしい」
その名を聞いた瞬間、周囲の女子たちが一斉に息を呑む。
――和樹?あの二人、もう別れたはずじゃ……?
まさか、この泥酔も、失恋も、全部あの人のせいだったの?
誰もが拓真の顔を直視できなかった。
その場で凛子にそう言われた拓真の中で、怒りが激しく膨れ上がる。
彼女の口から「和樹」の名が出た瞬間、理性の堤防が決壊した。
「和樹とは、もう終わったんだろ!!」
凛子は、カウンターに顔を伏せたまま、泣きそうな声でつぶやいた。
「……そう、終わった。でも……でも……パリまで行ってお願いしても、だめだった……和樹はもう、私をいらないって……彼は私を……」
彼女のそのうわ言のような呟きに、拓真の脳内に雷が落ちた。
――消えていたのは、パリへ行って復縁を求めに行っていたから?
――この数日の憔悴は、全部和樹との別れのせい?
現実を受け止めきれず、手にしていたグラスを掴むと、凛子の顔に向かって酒をぶちまけた。
声が震えるほどに怒気を含んだ。
「凛子……お前、まさか……和樹のこと、本気で好きになったのか!?」