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第5話 ギルドの日常‐ギルドマスター・スマルト‐

「んッ…………あー……」

 伸びをすれば、思いがけず出てしまう声。

 凝り固まった背中が軋むように音を立てる。

 時刻は既に深夜。季節が季節なら、あと少しで日が昇り始める頃だ。

 ギルドの二階にある俺の私室。とは言っても、そんなに大層なモンじゃない。

 戸棚と、本棚と、金庫と、机。それに加えて、俺がギルドマスターになる前に使っていた鎧やマントや大剣その他諸々が色々と。

 仕事を終えた達成感に浸りつつ、椅子に深く腰掛けながら、改めて机の上を見る。

 発光の魔術が内封されたランプに照らされている、処理したばかりの書類の山が三つほど。

 うちで取り扱っている依頼は全てF〜Bランク向けだ。おまけに冒険者の人口のおよそ九割がBランク以下だ。

 宵越しの金を持たない冒険者が比較的多いことを鑑みれば、休み明けともなればこんな大惨事になるのは自明の理というヤツだろう。

──もっと給料を上げてやるべきかね。

 うちで働いてくれている十二人の職員の顔を思い浮かべながら、そんなことも考えたりする。

──それにしても本部も非道いことをする。もう少し暇な支部なんて、いくらでもあるだろうに。

 最近配属された新人のフロラが、目を回しながら窓口の対応をする様を思い出し、知らず浮かべてしまう笑み。

 ひとしきり無言で笑った後、俺は真顔に戻る。

──ここから先は、あいつらには見せられないな。

 良心からじゃない。場合によっては、職員ですら『対象』になるからだ。

 『要調査』。黒いインクでその印が押された無地の大きな封筒。今日の本部からの呼び出しは“これ”だった。

 それこそが、職員どころか冒険者連中にさえ見せられない、冒険者ギルドの裏の顔なのだから。


「対象:冒険者ギルド・大陸東地区エヴレンブルク支部所属、Aランクパーティ『暁の獅子』。

 数ヶ月前より発生しているBランク、Cランクパーティ及び単体冒険者の失踪・行方不明事件に何らかの関与の可能性有り。

 Aランク以上には必須である、三ヶ月に一度のギルドへの定期報告の無視等、義務違反多数。

 また依頼受領時、依頼達成時のギルド職員への脅迫紛いの言動も報告されており、素行が急激に悪化していると見られる。

 今回の調査にて、冒険者の失踪・行方不明事件への関与が確定的となる証拠が収集された場合、調査責任者の権限に於いて『処理』を実行されたし。」

 小さな声で書類を読み上げて、俺は思わず盛大にため息を吐く。

「要は……Aランクパーティの素行を調査しろ。もしヤバいモンが見つかった場合は、調査したヤツが責任を持って、明るみに出る前に証拠ごと“消せ”ってことか」

 いやに寒々しく感じる、オレンジ色のランプの明かり。

 やけに上質な紙に刻まれた無機質な文体が、俺の“まとめ”を肯定している。

「と、いうことらしいぞ。グレイ、何か質問は?」

 視線を感じて、窓に目を遣る。

 音もなく、そこに“居た”。まるで死神のように、夜の闇に紛れて。

 無精髭を生やした男が一人、窓枠に腰掛けていた。

 少しうねり掛かった、肩まである不揃いな灰色の髪。

 草臥れた薄墨色のコートを纏った、高身長とは言えないが低身長とも言えない男。

「……状況証拠のみでは“処理”するなと、そういうことだな?」

 抑揚の無い、低い声。質問というよりは確認だ。

 見開かれた生気の感じられない鼠色の瞳が、返答を待つように俺を見据えている。

「ああ。素行が悪かろうが仮にもAランクだからな。処理するにも“上”を納得させる相応の理由が必要ってことだ」

 納得したように、グレイの目が細くなる。

「『暁の獅子』、構成員は?」

「リーダーは戦士のリヒター。年齢は二十九歳。二つ名は『獅子奮迅の戦士』。得物は魔力伝導処理を施した硬銀製の長剣。

 副リーダーは重戦士のゲレル。年齢は三十二歳。二つ名は『不動のゲレル』。得物は戦鎚。色街を遊び歩いてるようで、その筋じゃ有名人だ。

 残りは魔術師のルシア。年齢は二十六歳。二つ名は『輝きの障壁』。こいつはリーダーであるリヒターの恋人らしい。人の目も気にせずいちゃついているのはよく目撃されるとのことだ。何だこの情報。

 僧侶のグロー。年齢は三十歳。近々、神官位に就くって噂もある。

 剣士のヒカリ。年齢は二十四歳。違う大陸から来たらしく、やたら切れ味の良い片刃の曲刀を得物にしているみたいだ。

 盗賊のフォズ。年齢は二十九歳。リヒターの幼馴染で二十年以上の付き合いだそうだ。得物は弓とか短剣とか色々。こんなところ……だな」

 依頼書に添付されていた資料を読み上げる。

 うちの支部には来たことはないが、街中で何度か見かけたことはある。

 信頼や絆のような耳に優しいものではなく、ただ利害関係で組んでいる、そんな印象を受けたが。

 まあ……そういうパーティが一番、崩れる時は早い。──いや、崩される時か。

「……酒場で噂を聞いた直後に“これ”か。タイミングが良すぎるな」

 こいつは普段一日中、酒場で酔い潰れて寝ているフリをしている。

 その方が情報収集がしやすいからだそうだが、俺には今一つ理解が出来ない。

「行方不明になっている連中に、憐憫の情でも湧いたか?」

 解っている。そんなことは有り得ない。

 こいつにも、俺にも。

「……依頼されたものをこなすだけ。それが、お前と交わした“契約”だろう?」

 余計なものなど不要だと語るように、グレイは窓の外に視線を移す。

 切り過ぎた爪のような、細い月。

「それじゃ、いつも通りに頼んだぞ」

 俺の言葉を待たずに、グレイは窓辺から飛び去った。

 夜明け前の、一番濃い闇の中へと。

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