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15.ようやく自覚

「はあ……。なにかと思ったら、そんなことですか」

「あれ? エクスさん? ちょっとリアクション薄い。薄くない?」


 気付いたら顔が変わっていた。


 これが一大事でなくて、なんだというのか。


 それなのに、エクスは渋い顔。


「説明しますから。オーナー、エクスを洗面所まで連れていってください」

「あ、はい」


 すっかり、タブレットの妖精の尻に敷かれている皆木秋也の姿がそこにあった。

 まあ、命令されることには慣れているからね。むしろ、命令されるほうが楽まである。


 というわけで、タブレットを持って洗面所へ。風呂場と隣接しているので何度も通っているのだが、この変わった顔をまじまじと見るのは二度目。


「ほら、なんとなく俺だってことは分かるけど、別人だろ?」

「はあ……」


 しかし、エクスは俺と驚きを共有してくれない。やっぱりとでも言いたげに、デフォの巫女服姿のまま、肩の上で肩をすくめる。アメドラかな?


「これが、オーナーが健康体だった場合の顔です」


 なるほど。健康だった場合は、こうなのか。へえ……。


 ……あれ?


 俺は今、《レストアヘルス》で健康になってるんだよな?


 つまり……?


「これが俺……?」


 思わず、朝になったら女になっていた主人公みたいな台詞を口にしてしまった。要するに、それだけ衝撃的だったのだ。


 二度と消えることはないんだろうなと思っていた、目の下の隈が綺麗さっぱりしているのも、そう。

 目つきも柔らかくなっている気がするのも、そう。

 黄色っぽくなっていた肌が、綺麗な色をしているのも、そう。

 手触りもつるっつるで、自分の肌じゃないみたいなのも、そう。

 目元がすっきりして、顔の輪郭がシャープになっているのも、そう。


 総じて、顔が別人レベルで変わっているのも、そう。


 そして、なによりも。


「そうか……。俺は病気だったのか……」

「そこから? そこからだったんですか?」


 さすがに予想外と、エクスがぽかんと口を開けた。心なしか、青いツインテールもしなびている。

 ごめんね……。自覚なくて……。


「いや、生きてるから大丈夫かなって」

「オーナー……。ほんと、エクス泣きますからね?」

「うん。なんというか、こう、自分の不健康さが客観的に理解できたわ」


 なるほどなぁ。


「おれはしょうきにもどった」

「それ、本当に大丈夫なやつですか?」


 失礼な。


「それにしても、なんか、自覚したらすげえ眠たくなってきた」

「今まで、精神が肉体を凌駕してたんです?」

「そうかもしれない」


 ちょっと熱があるかなというぐらいだったのに、熱を測ったら自覚しちゃって途端に具合が悪くなるやつだ。


「……仕方ない。先にエナドリ飲むか」

「そのうち、《水行師》でエナドリ作るとか言い出しそうなので、やめてください」

「……その手があったか」


 異世界でエナドリ売ったら大儲けできるのでは?


 とか思ったが、急激に眠気がこみ上げてきてなにも考えられない。完全に、緊張の糸が切れている。


 俺はそのままシャワーを浴びて、ベッドに倒れ込んだ。


 寝る前に、タブレットを充電ケーブルにつなげられたのは、我ながら褒められていいと思う。


 直後、意識を失った。


 夢は見なかった……と思う。





「こってりと、唐揚げ3個。あと、明太子丼ミニで」


 健康診断でNGが出て以来ご無沙汰だった、ラーメン屋に俺はいた。


 手早く注文を済ませた俺は、見るともなく周囲へ目をやる。

 平日。しかも開店直後だが、客の入りはなかなか。俺のようにスーツを着た人間も、ちらほら見える。


「久しぶりだな……」


 エクスが気を利かせてアラームを設定したお陰で三時間ほどで目覚めた直後、俺は猛烈に腹が減っているのに気付いた。


 眠剤無しで寝たのも久しぶりなら、この空腹感もいつ振りだろう?


 そこで、まずは開店直後のラーメン屋に入ることにしたのだ。


 今は通勤鞄の中に入っているエクスも、反対しなかった。


 それどころか――


「いいんですよ、オーナー。せっかくですから、好きな物を食べてください。今日は、チートデイです」


 ――と、賛成してくれた。


 ダイエットだかボディビルだかで節制してる人間が、週に一回リミッターを外して好きな物を食べる。


 それがチートデイというものらしい。


 差し詰め、俺の場合はチートを得た日だからチートデイだろう。別に上手いことを言うつもりはなかった。


 それにしても、懐かしい。


 水を一口含みながら、思い出に浸る。


 昔は、後輩のやたらシューティングゲームが上手い子と一緒に、仕事上がりに食べに行ったりしたものだ。

 あまりにもシューティングが上手いので教えを請うたところ「動かしたいところに、動かしたいだけレバーを動かせばいいんですよ」というコツを伝授された。


 なるほど、分からん。


 ネトゲにはまって大学留年した子は違うなと、しみじみ思ったものだ。


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

「どうもー」


 しばらくして運ばれてきたのは、白濁したスープのラーメン。

 いい。こういうのでいいんだよ、こういうので。


 あと、唐揚げ。ラーメン屋になんで唐揚げなのかよく分からないが、結構オプションメニューで見る唐揚げ。


 さらに、追加の炭水化物で明太子丼だ!


 はは。テーマパークみたいで、テンション上がるな。


 嘘だ。テーマパークでテンションが上がったことなんか一度もない。そもそも、ほとんど行ったことない。


 それはともかく。まず、箸が立つほど濃厚なスープをレンゲですくって一口。


「ああ……」


 美味いとか、不味いとか。


 そういうレベルの話じゃない。


 染みる。


 全身にスープが染み渡っていく。

 今、俺は食事をしている。


 エクスに言ったら、「当たり前ですよオーナー!」とか言われそうだけど、そんな実感が湧いてきた。


 唐揚げもジューシーで美味い。


 こってりとこってりで全然箸休めにはならないけど、美味い物に美味い物を組み合わせたら、それは美味いに決まっているのだ。


 唐揚げで味を変えた後、さらに麺を啜れば、快調に麺がなくなっていく。


 だが、まだ慌てる時間じゃない。


 俺にはまだ炭水化物が残っているからな。


 この明太子丼の明太子が、また舌に変化を与えてくれる。


 麺がなくなったら、ご飯を入れてスープを最後の一滴まで貪り尽くした。


「ああ……。喰ったな……」


 腹一杯だ……。


 ふと、それならハンバーガーにすべきかとも思ったが、それはまたの機会でいいかと思い直す。


 それよりも、ラーメンの後の水が美味しい。


 二杯ほどおかわりしてから、そろそろ混み始めたので席を立つ。


 一食で1000円を超える支払いも、まったく苦にならなかった。


 チートデイだからね。


 ……うん。


 ……そうなんだ。


 たぶん、これがいけなかった。


 気を大きくした俺は家電量販店でタブレットのストラップとブルートゥースのヘッドセットを購入。

 ……したのは予定通りだが、グレードが高いやつを予備としてふたつは今にして思えばやり過ぎだった。


 その勢いで、スーパーへ。


 まず、エクスの言葉に従い菓子パンの類を10個ほどまとめてかごへ。

 さらに、カイラさんというか、里の子供たちへのお土産にお菓子を大人買い。


 これで、一回目の会計。


 人目のないところで、《ホールディングバッグ》へ収納。


 そして本命である水のケース買いだが……。


 スーツで、ダミーとして領収書を切ったのもあって、特に怪しまれることはなかった。


 なかったけど、予想外に一本50円ぐらいだったので、スーパーを何軒か回って、合計で3諭吉も使ってしまったのだ。


 つまり、600本。


 まあ、社会人にとっては3諭吉ぐらいはどうとでもなるし、店を梯子したので持ち帰りもカートで人目のない場所へ移動して《ホールディングバッグ》で処理できた。


 それはいいんだけど、家に帰ってから現実が俺の前に立ち塞がった。


「買いすぎた……」


 とりあえず、玄関先に約半分の10ケースほど出してみたが、威圧感がすごい。足りないよりはいいからやるけどさあ……。


「これ、夜勤が始まる時間までに、全部水を詰めなくちゃいけないのか……」

「もう、仕事休んだらどうです?」

「……どうにかマクロのマクロを組んで、上手いこと処理できないかな」


 この期に及んで、仕事を休みたくない勇者アインヘリアルがここにいた。


 社畜だった。

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