「つまり、マクロの組み合わせですか」
「そうそう。分かりやすく言うと、格ゲーのコンボというか、“&”で連結というか」
水のケースは《ホールディングバッグ》へ戻し、夜勤のことは一旦忘れる。
そして、ダイニングテーブルへ移動した俺は、タブレットの縁に座るエクスに相談を開始した。
巫女服ツインテールの妖精さんと、健康になったアラフォー。
……客観的に見ると、結構危ない光景だ。
ま、気にしても仕方ないんだが、そういう常識は忘れないようにしたいと思う。
「その例えは、特に分かりやすくはないですが……」
「嘘だろ!? 聖子ちゃんがっ!?」
「エクスです」
存じています。
「えーと。今回の場合は、《泉の女神》と《深き海の法則》を組み合わせて、《ホールディングバッグ》へ仕舞うまでが1セットだな」
「それなら、エクスが順番に処理をすればいいだけなのではないでしょうか?」
「え? めんどくさくない?」
確かに、特に難しい処理ではないので、独立して行うというのも一理ある。
しかし、時刻はすでに昼過ぎ。
18時過ぎ頃には夜勤に出なければならないので、時間的な猶予はあまりない。
その中でペットボトルを何百本と処理しなければならないのは、ちょっと厳しい。楽にやれるなら、するべきだ。
「キャップを開けるのは俺がやんなきゃいけないけど、《ホールディングバッグ》に出し入れするだけだから、閉めるのは省略していいし」
「それができるのなら、確かに楽ではありますが……」
エクスが、しばし考え込む。
本当に思案しているのか、アプリやスキルの検索をしているのか……。
「単純にマクロ同士を組み合わせる場合は、マクロを組み合わせた新しいマクロを設定する必要があり……登録だけでかなりの石を必要としますね」
「まあ、そりゃそうだろうな」
例えば、《凍える投斧》と《純白の氷槍》を組み合わせたら一回で二発の攻撃が飛ぶわけで、とんでもないことになる。
それだけ処理も負担がかかるだろうし、当然と言えば当然だ。
「ですが、そのための《スキル錬結》というアプリがあります」
「《スキル錬結》」
わりとストレートなネーミングでありつつ、漢字表記を変えることで特別感も演出している。マクロの名前登録といい、妙なこだわりを感じる。
そういうの嫌いじゃない。
「本来はあれですね。魔法と武器攻撃を組み合わせるとか、異なるスキルのマクロ同士をスムーズに処理するためのアプリですね」
「ふうむ……」
例えばだ。
武器に魔力を付与する魔法。
その武器を使って、二回攻撃するマクロ。
そして、素早く移動するスキル。
というのがあったとしよう。
もちろんそれぞれ単独で使えるが、連続で行おうとするとどうしても途中で隙ができるだろう。そうなったら、妨害されてアウトだ。
ところが、この独立した三つを《スキル錬結》で結びつければ、一動作で武器に魔法を付与した強力な連撃を放ったうえで敵から距離を取れるという強力な必殺技ができる。
そういうアプリなのだろう。
「イグザクトリィ」
その通りでございますと、エクスが頭を下げた。
「まあ、そういう格好いいやつはアラフォーには荷が重たいけどね」
「オーナー! 上げて落とすの止めましょうよ」
「……うん。正直言おう。ぶっちゃけ、あこがれる面もある」
「どっちなんですか!?」
「だけど、必殺技を撃つより、もう、若い人に教えるほうが性に合うんだよ」
いいよね、師匠キャラ。
「今度、精神年齢を若くするアプリとか探しておきますね」
「ちょっと万能過ぎない?」
確かに、今まで必要なアプリが存在しなかったことはなかったけどさぁ。
「《ライズアップ》のアプリはともかく」
「早速見つけてないか!?」
「なので、水を作って圧縮して仕舞うというのは想定していないのではないかと」
「……なんで?」
それはシステム的におかしいだろ。
「つまり、今回は《水行師》と《ホールディングバッグ》の組み合わせじゃん。なんの問題もないだろ」
「もー。TRPGプレイヤーは、すぐにルールの穴を突いたり、裏をかこうとするんですから」
「そこは、ある意味礼儀みたいなところなので」
「どういうエチケットですか。文化が違いますね……」
白旗が殲滅の意思表示とかでない限り、文化の違いは尊重されるべきだと思うんだ。
それに、俺が見つけた強いアイテムとかは、だいたいアップデートで修正されるし……
「まあ確かに、オーナーの仰るとおりできますけど……購入します?」
「……おいくら?」
「登録ひとつ毎に、石1500個です。しかも、最大で5個までしか登録できません」
「45万か……。ううむ……」
「計算速いですね、オーナー」
慣れた。
翻訳ゲーやってると、フィートとかポンドの計算ができるようになるのと同じことだな。
ポンドをキログラムにする場合は、半分にした結果から10%引くとだいたいの値が出るぜ。
「まあ、カイラさんからもらった石もあるし、それくらいなら許容範囲内か……」
「オーナー……」
俺の決断を聞き、エクスがうるうると瞳に涙をたたえた。
え? どういうこと?
「オーナーがまともになって、エクスは……エクスは……」
「やめてくれ、エクス。そのピュアな反応は俺に効く」
「やっぱり、人間は寝てご飯を食べないとダメなんですね!」
それが足りてなかった俺は、いったいなんなんだろうね?
……ダメ人間、だったのかな?
いかん。否定できない。
「それより、指紋でもなんでも認証するから《スキル錬結》買おうぜ」
「はい。しばしお待ちを!」
涙を拭ったエクスが、早速、購入手続きに入る。
実際、エクスって涙とか出ないよな……と思いつつ、親指で指紋認証。ちゃりーんといつもの音がして、《スキル錬結》のアプリがインストールされる。
「では、早速実行しますね」
開いたアプリの画面は、わりとシンプル。
技の名前を設定し、プルダウン方式でスキルやマクロを三つまで選んで登録するだけだった。
プログラムを書くわけじゃないみたいだ。
そもそも、どの言語で書けという説もある。
「まあ、簡単ならそれに越したことはないけどな」
難しければ文句を言うけど、シンプルすぎるとそれはそれで不満を持つ。
それがプログラマとゲーマーというもの。
俺は若干の物足りなさを感じつつ、プルダウンで《泉の女神》、《深き海の法則》、《ホールディングバック》を順次選択。
最後に名前を入力……。
「名前どうしよう?」
「オーナーのことですから、はず……格好良い名前を考えていたのでは?」
「エクス。今、恥ずかしいって言ったね?」
衣装を変える余裕もなく、ただ首を振るエクスににこやかな笑みを浮かべる俺。
「えっと……。でも、実際、ちょっと恥ずかしいですよ?」
「だよねー」
自覚はある。
でも、そっちのほうが格好良いというセンスは、もう、変えられないのだ。
「とりあえず、技名は『蒼き水の星から』にしようか」
「相変わらず、分かるような分からないような感じですね。了解です」
「そういうのがいいんだよ」
エクスも、そのうち分かるようになるさ。
「とりあえず、これで作成・圧縮・収納ができるようになったから、早速作業を始めようか」
「オーナー、ちょっと待ってください」
立ち上がろうとした俺を、エクスが止める。
なにかあった?
「《シャドウサーヴァント》というアプリを見つけまして」
「倒すと塵を落としてくれそうな名前だな……。効果は?」
「簡単な命令を聞いてくれる影の従僕を作り出して使役します。お値段なんと石10個で、12時間持続です」
「12時間で3千円か」
時給250円? ゴーストスイーパー見習いよりも安いじゃん。
「そんなに安くていいんだろうか?」
「別に、安い分には構わないのではないでしょうか」
「そもそも、石を直接もらってるわけじゃないよね……」
むしろ、ただ働きだ。
「ペットボトルを浴槽に置いたりキャップの開け閉めは《シャドウサーヴァント》に任せて、オーナーは寝ていてもらっていいですよ」
「ああ……。それは助かるな」
でも、そのアプリって使い道それだけじゃねえよな。
「これ鞄とか、荷物を持たせることもできますね」
「家に置いて、ソシャゲの周回とかやってもらえるな」
「え?」
「え?」
エクスが生暖かい目で俺を見る……が、不意に優しい微笑みへと変わった。
「そうですね。どうしてもAPが気になってしまうみたいですからね。代わりに、消費してもらえたら、いろいろ集中できますよね」
「朧さま……見んでくだされ……」
俺はナメクジのように溶けて死んだ。
いや、俺もエクスも伊賀忍者じゃないので死なないけど。
「大丈夫ですよ、オーナー! 慣れてますから」
その優しさが辛い……。
辛い……。
「……じゃあ、俺はもう一度寝るわ?」
「オーナー、《シャドウサーヴァント》購入の承認をお願いします」
「あ、はい」
親指で指紋認証して、いつものチャリーンという音とともにアプリを購入……すると、それとは別の通知音が鳴った。
このタイミングでゲームのAPが満タンになったという通知だったら神がかっているが、そうではない。
「また実績解除したみたいですね」
まあ、ある意味神関連ではあるのだが……。
どうやら、寝るのは少しだけ先になりそうだった。