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24.命の価値は

 俺たち……というよりは、カイラさんのスピードに追いつける。あるいは、追いかけようとするモンスターとして、どのような存在が考えられるだろうか?


 ひとつは、単純に足の速い動物。


 となると、雑魚敵の定番である狼系がまず思い浮かぶ。変化球なら、それよりも上位な虎系というのもあるかもしれない。

 さらに一捻りすれば、いわゆるモンスターと人間種族の中間ぐらいに位置する、ケンタウロスという可能性だってあるだろう。


 さらに続けるなら、空を飛ぶモンスターというのも考えられる。


 ハーピーや、グリフォン、ヒポグリフにワイヴァーン辺りはファンタジーのお約束だ。ちょっと、古めかもしれないけど。

 あとは、インプという小型の悪魔というのもあるかもしれない。使い魔にすると強いぞ。


 ただ、同じ空を飛ぶのでも、フェアリーみたいな妖精系は除外していいだろう。


 たまに無邪気さを煮詰めた暗黒フェアリーというパターンも、あることはある。

 ただ、月影の里ではエクスが妖精さんとして好評だったので、少なくともこの辺には悪いフェアリーはいないはず。


 まあ、その小ささと高い敏捷力を遺憾なく発揮することで、暗殺者として大活躍するフェアリーが爆誕するシステムもあったりするのだが……。


「やっと、縄が外せた……」


 というようなことを考えながら、固定していた縄をなんとか外すことに成功した。そのまま、ずるっと背負子から地面に降り立つ。


 久しぶりの娑婆だぜ……。


 久しぶりに上陸した船員のように、地面が揺れる感覚はない。カイラさん便優秀すぎる。俺の尊厳値が削られることを除けば。


「え? ミナギくん、降りるの?」

「驚くところ? そりゃ、降りますよ」


 なぜか意外そうなカイラさんに、思わず普通に答えてしまった。

 このままってわけにはいかないでしょ。剣鬼喇嘛仏じゃないんだから。


「というか、根本的に邪魔では?」

「厄介な相手だったら、そのまま逃げるつもりだったのだけれど……」


 なるほど。

 それはそうだ。となると、ちょっとマズったかな?


「理屈は通ってますけどねぇ……」


 ただ、エクスはあんまり信じていなさそうだ。なんとなく、カイラさんのことを生暖かな目で見ている。


「まあ、いいわ。大した相手ではないし」

「そうなんですか……?」


 カイラさんと並んで、今まで進んできた方向に目をやると……前傾姿勢で、猛烈な勢いで迫ってくる怪物が見えた。


 まだわりと離れているはずだが、夏場のゴミ捨て場のような悪臭が漂ってくる。


「ゾンビかよっ」

「まあ、足の速いゾンビは、逆の意味で定番ではないでしょうか?」


 そう言われたら、そうだけども。

 予想が外れたってレベルじゃねえ。


「あれは、ノッカーと呼ばれるモンスターよ」

「ノッカー?」


 ノッカーと言えば、鉱山に住む妖精。ドワーフの一種として扱われている場合もある。鉱山の守り神のような存在で、彼らを怒らせると鉱山が枯れてしまうのだという。


 まあ、地球ではだけど。


 そう。あのモンスターは、それとは似ても似つかない。


 青い肌はつるりとして、毛の一本も生えていない。

 その皮膚もゴムのような質感で、目は真っ黒で大きく、グレイ型宇宙人の色替えパターンのようだ。


 しかし、グレイとは違って肥大化した両腕には、これまた巨大で凶悪な鈎爪が生えていた。格ゲーキャラにいそうだ。


「あの巨大な爪で獲物の体を開いて・・・、中身を啜るのよ」

「ああ……。開くから、ノッカー……」


 扉の鍵を開く呪文の名前が、ノックだったりするシステムもあるしね。


 しかし、マクロ名といい、ちょっと洒落た名前をつけなきゃいけない縛りとかあるんだろうか? 異世界パネエな。


 そういうの、大好きです。


 お陰で、命の危機なのに怯えずなくて済む。現実逃避って、めっちゃ重要。


 けれど、カイラさんはそんな緊張とは無縁だった。


「要は、近づけさせなければいいのよ」

「なら、俺が……」


 チェックしたばかりの《泥沼の園》の出番だと意気込む俺を横目に、白い黒喰エクリプスは、ちゃきっと忍者刀を構えた。


 なんだろう? 投擲するのかな……と思っていたら、一瞬で姿がかき消えた。


「え?」


 違う。

 爆発的な脚力で、ノッカーたちへと接近していた。


「近づけさせないとはいったい……」

「オーナーに近づけさせないという意味でしたか」


 俺と違い、ノッカーたちは面食らうことなく。むしろ、飛んで火に入る夏の虫と、カイラさんへと飛びかかる。


 怖気がするような光景。


 カイラさんはそれをものともせず、ノッカーの包囲をすり抜けた。


 ――すり抜けていくとしか、思えなかったのに。


「すげえ……」


 カイラさんが忍者刀を鞘に収めると同時に、ノッカーたちの腕が足が首が、コールタールのような血とともに地面に転がった。

 悪臭を覆い隠すような血臭が鼻腔を刺激する。


 でも、それで終わりじゃなかった。


 首を落とされたはずのノッカーの一体は、それでも動きを止めない。無事だった巨大な鈎爪をカイラさんへ真っ直ぐに伸ばす。


 腹へ突き立て、左右に開こうとする、本能的で凶悪な動き。


「いつも思うのだけど、首もないのにどうやって食事をするつもりなのかしらね?」


 けれど、カイラさんはノッカーの背後に回っていた。これが《縮地》?

 鈎爪は虚しく空を切り、代わりにノッカーは腰から両断された。


 残りも、似たようなもの。


 殲滅してしまうまで、ものの数分もかからなかった。


「やっぱ強いよな、カイラさん」

「いやはや、ジャパニーズニンジャですねぇ」

「ジャパニーズじゃねえけどな」


 支援する必要も暇もなかった。

 もちろん、ノッカーが雑魚だったという説もあろうが、あの動きはちょっと真似できない。ニンジャ修業とかしなくて良かった。


 そして、カイラさんが活躍する度に、ヴェインクラルの非常識さが際立つ。


 再戦……しなくちゃいけないんだよなぁ?


「地上に残って虎視眈々とオーナーを狙うか、地下世界へ戻って大軍を用意して侵攻してくるか……。どっちも考えられますねぇ」

「まだ、戻ってくれてたほうがマシか……? いや、どっちも嫌だな」


 あいつ、仲間の結婚式へ行く途中にチンピラに刺されて死んだりしないかな……。かなり衝撃のラストだと思うんだけど。


 などと現実逃避していた俺に、カイラさんが声をかけてくる。


「ミナギくん、ちょっと解体するからそこで待っていて」


 そうか。魔力水晶の取り出しか。

 ドロップ品がぽろっと出てくるわけじゃないんだよな、当たり前だけど。


「て、手伝います」


 たぶん、カイラさんは俺に魔力水晶を渡すつもりだろう。それを唯々諾々と、受け取るわけにはいかない。


 結果としてそうなっても、その前に働いたかどうかは非常に重要だ。


 だが、俺の前に広がっているのは、惨状としか表現できない光景。


 若かりし頃はグロ画像に何度も遭遇して耐性はあるつもりだったが、生はきつい……。視覚だけでなく、嗅覚だけでもなく、味覚までおかしくなりそうだ。


「いきなりは無理よ。見学でもしていて」

「うっ。まあ、それもそうか……」


 ほとんど料理もしないのに、いきなり刃物を使うのは無理がある。


「なら、せめて血を洗い流すぐらいは」

「……そうね。お願いできる?」

「はい。エクス、《泉の女神》を」

受諾アクセプト。《泉の女神》実行します」


 カイラさんが離れたのを確認してから、マクロを実行。虚空から流れ落ちる水が血を洗い流していく。


 あ、ちょっとマシになったかも?


「助かるわ」


 カイラさんは少し離れた位置を作業場と定め、比較的損傷の少ないノッカーの体をひとつ引きずっていった。


 俺は、その様子を細目で観察。


「最も大きな魔力水晶は、必ず心臓の部分にあるのよ」


 カイラさんの手つきに、迷いは欠片もない。


 忍者刀を突き入れ、ノッカーの体を切開して心臓の側にある魔力水晶を取り出した。大量にもらった微少タイニィの魔力水晶よりも、大きめだ。


 それを地面に置き、純白の忍装束を汚すことなく解体を続けていく。


 モンスターではなく、マグロかなにかを相手にしているかのよう。


 心臓以外にも魔力水晶は存在しているようで、腹を開き、頭を割り。忍者刀で器用に魔力水晶を取り出していく。

 だが、心臓以外の魔力水晶は微少タイニィなもの。


 これだけ苦労して安かったら、そりゃ割に合わないって嫌がられるよなぁ……。


「ノッカーの爪や脳は錬金術の素材になるのだけど、今回は放置するわ」


 そろそろ感覚が麻痺してきた頃に、解体は終了した。


「それなら、《ホールディングバッグ》に収納……」

「嫌です」


 俺の提案は、エクスに一蹴された。


「どうしてもというなら、実家に帰らせて頂きます」

「実家あったの?」

「嘘です。実家に帰りたくありません。あああ、オーナー捨てないでください」

「落ち着け」


 まあ、俺の通勤鞄が《ホールディングバッグ》になっているとはいえ、管理はタブレットで行うのだ。

 自分の中に入れるような気がして、エクスも嫌がっているんだろう。


 多少の現金より、エクスのほうが大事だ。


 などとは言わずに、戦場や解体場から離れていく。


 背負子まで戻ったところで、カイラさんが魔力水晶を差し出した。


「全部で、小型スモールが5個に、微少タイニィが20個ね。使ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 ここは素直にお礼を言って受け取った。

 報酬の話みたいになってもあれだからね。この恩には、別の形で報いよう。


「鑑定させてもらっていいですか?」

「もちろん」

「エクス、よろしく」

受諾アクセプト。《初級鑑定》実行します」


 インバネスコートに虫眼鏡のエクスが、タブレットを操作し写真を撮影。


 結果は――


小型スモールの魔力水晶が金貨1枚、微少タイニィの魔力水晶は銅貨5枚です」


 ――となった。


「なるほど、分からん」

「それ、オーナーだけは言っちゃいけないセリフではないです?」


 だって、基準が分かんないんだもん。


「そうね。金貨1枚あれば、それなりの宿に泊まれるわ」

「金貨1枚は、銀貨だと10枚ですか?」

「ええ。同じように、銅貨10枚で銀貨1枚になるわ」


 単純比較はできないだろうが、金貨1枚は1万円ぐらいだろうか? それでいくと、小型スモールの魔力水晶ひとつで、微少タイニィの魔力水晶は20個買える計算だ。


「……錬金術ができそうだな」


 幕末の日本に来て銀を買いあさってた外人は、こんな気分だったんだろうか。


「それより、オーナー。憶えてます?」

「なにを?」

「ヴェインクラルの値段ですよ」

「そりゃもちろん……あれ?」


 確か、金貨2万6千枚だったよな? ということは……単純計算で2億6千万円? いやいや、その金貨で微少タイニィな魔力水晶を買いあされば……。


「見えたな、《タイムレスボディ》が」

「よく分からないけど、あのオーガなら賞金がかけられていてもおかしくないわね。魔力水晶も、大型ラージか、巨大ヒュージの可能性もあるわ」

「なるほど……。よく考えれば、《雷切》込みの値段なのかも……」


 あとで、《雷切》を出して鑑定するか? いやでも、値段知ったら売りたくなるよな……。


「盛り上がっていますが、いつまでもこうしているわけにもいきませんよ」

「う、ごめん」

「それでは、《マナチャージ》で変換させてもらいます」


 光となって、魔力水晶がタブレットへと吸収されていく。


「変換完了。合計で石70個分になりました」


 石70個ということは、小型スモールが石10個分ってことになる。

 試しに石へ変換したが、小型スモール以上は温存して、あとから微少タイニィへ買い換えたほうがお得だな。


 ほんと、《マナチャージ》はチートだ。


「結論としては、いきなり生涯年収を狙うのではなく、こつこつモンスター狩ってたほうが儲かるのだろうか……?」

「こつこつやってるように見せかけて、今は普通に貢がれてますからね」


 おっと。


 もちろん、俺が自分で倒す前提だよ?


「この程度で良ければ、いくらでも提供するわよ?」


 もちろん、俺が自分で倒す前提だって!

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