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25.廃神殿

「ヴェインクラル、随分と男っぷりが上がったものだな」

「ああ、叔父貴。これで、オレも一人前だろ?」


 ヴェインクラルの視線の先。

 陣幕の一番奥に、一際巨漢のオーガがいた。


 ミナギがいたら、金剛力士像を連想するだろう。厳つい顔に黒い肌。額から三本伸びる鋭い角。

 筋肉の厚みはヴェインクラルを超えるほどで、獰猛な殺気を隠そうともしていない。隠れていないのは当然。本人に威嚇しているつもりはない。まったく素の状態なのだ。


 そして、傍らには権威の象徴として、3メートル近い棍棒クラブが固い地面に突き立てられていた。


「先遣隊がほぼ全滅させられたとは聞いているが、お前ほどの戦士が、いったいなんにやられた?」


 体に見合うほどに巨大でいて見事な絵付けが施された酒壺を傾けてから、ヴェインクラルに叔父貴と呼ばれたオーガ――オーガの王は、楽しそうに問うた。


 オーガは決して戦闘狂というわけではないが、強者が尊ばれる気風は否定できない。そして、それは敵味方問わないのだ。


「なんにと言われたら、意外性と爆発力にだろうよ。まあ、素人であることは間違いねえが」


 地面にどかりと座ったヴェインクラルは、叔父であり仕えるべき王から酒壺を受け取ると、片手で器用に中身を口へと注いでいった。

 まさに、鯨飲だ。地下世界の住人たるオーガは、鯨を目にしたことなどないだろうが。


「素人だと、バカを言うな……」


 面白くない冗談だと不快げに鼻を鳴らし……オーガの王は気付いた。


「いや、意外性だと? まさか。そういうことか?」

「ああ。後になって、オレも気付いたぜ」


 煌々と焚かれた火が、二人のオーガを照らす。


 夜だから……というわけではなかった。地下世界アンダーシェイドは常に暗い。ゆえに、地下世界アンダーシェイドの生物はオーガに限らず、ヒカリゴケのわずかな光を増幅し、あるいは熱そのものを知覚する能力が備わっている。


 つまり、この火は本質的には不要な物。

 木製の棍棒と同じく、富と権勢の象徴であった。


「いきなり出現したかと思ったら、素人にもかかわらず水の障壁でオレの攻撃を受け止め、氷の術で反撃し、隙を見て腕を……いや、違えな。全身を干からびさせようとしたところを、右腕落として食い止めただけだ」


 オーガの王はヴェインクラルの断片的な語りだけで、おおよその事態を察した。こと戦闘に関することであれば、オーガは皆一を聞いて十を知る。


「恐らく……。いや、確実に勇者アインヘリアルだったんだろうぜ」

「ふんっ。我らの行いが、勇者アインヘリアルを呼んだか」

「さてな。神のご加護とやらをとうの昔に失ったオレたちには、一生かかっても分かんねえだろうよ」

「違いない」


 オーガの王はヴェインクラルから酒壺を取り返し、重さから中身が残っていないことに気付くと地面に投げ捨てる。


「水を操るか。地下世界アンダーシェイドに生まれれば良かったものを」


 見事な陶器の酒壺が、粉々に砕け散った。

 しかし、王もヴェインクラルも一顧だにしない。


 これは、二人の性格もさることながら、地下世界アンダーシェイドでは、陶器や金属の価値が地上に比べて低いことに起因していた。


 土も、石炭も、鉱石も採掘する必要はなく地面にむき出しで存在している。また、職人になった者たちは即ち戦に不向きであり、そんな彼らが生み出す物品は、一部を除き雑に扱われる。


 逆に木工品は非常に貴重で、地下世界アンダーシェイドでは権威化している。一部の権力者しか所有することはできない存在だ。


「明日からの地上侵攻、用心が必要だな」


 陣幕の向こう。

 数百メートルほど離れた先にある地上への侵攻路をにらみつけながら、王は淡々と事実を口にした。


「中止はしねえんだな、我らが王よ」

「できるものか」


 地下から地上へつながる道を掘り進めた歳月。

 そのために蕩尽した富。


 この程度なら、どうとでもなる。


「今の我らは、飢えきった獣よ」

「ここで中止なんて言ったら、その牙が向かう先は……ってことか」


 けれど、極限まで引き絞った弓は矢を放つしかない。

 そうしなければ、暴力はベクトルを変えてこちらに向かってくるのだ。


勇者アインヘリアルのことを知る前に中止など言われたら、どう思ったかな我が甥御よ」

「王に挑んでいただろうぜ」

「それが答えだ」


 オーガの政治は実にシンプルだ。

 常に強くあり、逆らう者は実力で叩きのめす。これができれば、少なくとも地位を追われることはない。


「そういうことなら、オレは明日に備えて休ませてもらうぜ」

「その腕、呪い師に見せるが良かろう」

「ああ。まあ、無理だろうがよ」


 オーガにも、穢土・深海・邪炎・魔風・忌光・死闇・背理の穢れし『根源』を操る呪い師はいるが、数は少なくノスフェラトゥなどに比べれば質も低い。

 まだ、ゴブリンの邪工師による義腕に期待したほうがいいだろう。


 それでも、片腕となり愛刀も失ったヴェインクラルは並のオーガ数十。いや、数百人にも匹敵する戦力となる。


 しかし、王は明日の侵攻からヴェインクラルを外す決断をした。


 もちろん、肉親の情が湧いたからではない。


「あやつは、重要な予備よ」


 王の役目は、奪い、分配すること。

 たとえその過程で死したとしても、失敗ではない。


 本当の失敗は、血を根こそぎ絶たれること。


 ゆえに、ヴェインクラルを残す時点で、王にとっての敗北は存在しないのだ。


 どんな結末が待ち受けているとしても。





 そして、翌日。

 ノッカーのようなモンスターから襲撃を受けることも、ましてや道に迷うようなこともなく。


 俺たちは、オーガたちの地下通路……が存在しているといううち捨てられた神殿の近くにまで到着した。


 もちろん、いきなり神殿に乗り込むような無謀なことはしない。とりあえず、崖の上から観察を試みる。


 背負子? やつなら、《ホールディングバッグ》の中で寝てるよ。


 というわけで、この慎重さは昔やったTRPGのセッションの賜物と言っていいだろう。


 敵の勢力が支配する橋を前にし、プレイヤーたちは遠くから様子をうかがうつもりだったのに、ゲームマスターが嬉々として戦闘遭遇を開始してしまったことがあった。


 びっくりしたが、まあ、どうせ殺り合うんだし、戦闘自体は望むところ。

 敵にドラゴンが出てきたのも、慈悲の心で許そう。


 だが、そのドラゴンをHP一桁まで追い詰めたのに全力で逃亡させたマスター、てめーはダメだ。


 というわけで、今度はしっかり偵察。


 しかし、状況だけ見たら慎重すぎと言われてしまうかもしれない。


 崖の縁で寝っ転がり、目を皿にして眼下を見るが……ドラゴンはおろか、人っ子一人いやしない。というか、生き物がいない。


「オーガの先遣隊は、引き上げたんでしょうか?」

「そうね……。修羅ロード種のヴェインクラル以外は、私がだいたい倒したというのもあるわね」


 え? そうだったの?


 まあ、あのノッカーを鎧袖一触したワザマエなら当然なんだろうけど……。


「もう、ほんとあのヴェインクラルってなんなんだ……」

「オーナー、元気出してください。ほら、次勝ったら、たぶん仲間になりますよ」

「仲間になったら弱体化するやつじゃん、それ」


 というか、あいつにも指輪はめるの? それはちょっと……。


「しかし、なかなか雰囲気ありますねえ」

「だなぁ……」


 俺の気分を変えさせるため、エクスが神殿へと意識を向けさせる。


「かなり古くて、どんな神を祀っていたかも分からなくなっているのよ」


 と、カイラさんが言う通り、古代ギリシャ風の神殿は、辛うじて屋根が残っているものの、柱は半ば崩れて立っているのがやっとという風情。

 すり鉢状になった地形の中心にあり、わざわざこんな僻地に建てたってことは重要だったんだろうけど見る影もない


 かつては塗装があったのかも知れないが今やすっかり風化し、灰色の岩の地肌がそのまま。彫像らしきものなんかの残骸が、周囲に散らばっているのも雰囲気に一役買っていた。


 オープンワールドゲーだったら、適当に歩いてたら偶然見つけてテンション上がる系の建物だ。

 なお、テンション上げて中に入っていったら、超強い敵が出てきて死亡するオチまでがワンセットだぜ。


 実際、下手したらヴェインクラルとエンカウントするんだよなぁ。というか、エンカウントしちゃったのがカイラさんじゃん。


「でも、ヤツらがいないのは好都合よ」


 しばらく様子を見ても状況に変化はなかった。

 カイラさんが立ち上がり、決断を下す。


「そうですね」


 今のうちに神殿に入り込んで、準備をしよう。圧縮水ペットボトルは先に配置してもいいし、ここまで神殿がボロボロなら、《脆き結晶》で壊しちゃうのもありかもしれない。


 あとで供養はちゃんとしなくちゃだろうけど……って。あれ? なんか、いきなり地に足が付いてないんだけど!?


「か、カイラさん?」

「行くわよ。口を閉じていて」


 二重の意味で有無を言わさず、俺をお姫さま抱っこしたカイラさんが崖を滑り降りていく。背負子の何倍も怖いっていうか、またこのパターンとは予想外。


「予想してないのオーナーだけだったと思いますよ?」


 まあ、そうかもしれない。


 だがちょっと待って欲しい。


「予想してたら、違う未来はあったのかな?」

「さあ、鬼退治ですよ。頑張りましょう!」

「おー」


 舌を噛まないよう、小さな声で返事。

 俺にできるのは、なるべくカイラさんとの接触面を減らすよう頑張ることだけだった。

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